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「太平記」山崎攻の事付久我畷合戦の事(その4)

さるほどに搦め手の大将足利殿は、未明びめいに京都を立ち給ひぬと披露ありければ、大手おほての大将名越なごや尾張をはりかみ、「さては早や人に先を被懸ぬ」と、不安思ひて、さしも深き久我畷こがなはての、馬の足も立たぬ泥土でいどの中へ馬を打ち入れ、我先にとぞ進みける。尾張の守は、元より気早やの若武者なれば、今度の合戦、人の耳目じもくを驚かすやうにして、名を上げんずるものをと、兼ねてあらましの事なれば、その日の馬・物の具・笠符かさじるしに至るまで、当たりをかかやかして被出立たり。花緞子くわどんすの濃きくれなゐに染めたる鎧直垂よろひひたたれに、紫糸の鎧金物よろひかなもの繁く打つたるを、透間もなく着下して、白星しらほしの五枚兜の吹きかへしに、日光・月光の二天子を金と銀とにて彫りかして打つたるを猪首ゐくびに着成し、当家累代たうけるゐだい重宝ちようはうに、鬼丸と云ひける黄金作こがねづくりの円鞘まるざやの太刀に、三尺六寸の太刀を帯き添へ、鷹護田鳥尾たかうすべをの矢三十六さんじふろく差いたるを、筈高はずだかに負ひ成し、黄瓦毛きかはらげの馬の太くたくましきに、三本唐傘を金具かながひに磨つたる鞍を置き、厚総あつぶさしりがいの燃え立つばかりなるを懸け、朝日の陰にかかやかして、光渡つて見へたるが、ややもすれば軍勢より先に進み出でて、あたりを払つて被懸ければ、馬・物の具のてい軍立いくさたちのやう、今日の大手の大将はこれなめりと、知らぬ敵はなかりけり。されば敵も自余の葉武者どもには目を不懸、ここに開き合はせかしこに攻め合ひて、これ一人を討たんとしけれども、鎧よければ裏かかする矢もなし。打ち物達者たつしやなれば、近付く敵を斬つて落とす。




さるほどに搦め手の大将足利殿(足利高氏)は、未明に京都を立ったと知らせがあったので、大手の大将名越尾張守(北条高家たかいへ)は、「すでに足利殿に先を越されたか」と、不安に思い、とても深い久我畷(鳥羽=現京都市南区・伏見区。から山崎=現京都府乙訓郡大山崎町。に通じる路)の、馬の足も立たない泥土の中へ馬を打ち入れ、我先にと進みました。尾張守は、元より気の早い若武者でしたので、今度の合戦で、人の耳目を驚かすほどに、名を上げようと、かねてより考えていたので、その日の馬・物の具([武具])・笠符にいたるまで、あたり輝くほどに主発しました。花緞子([花模様の付いた緞子=繻子織〔サテン〕地に繻子織の裏組織で模様を織り出した織物])の濃い紅に染めた鎧直垂([衣の下に着る衣])に、紫糸の鎧金物を数多く打った鎧を、透間もなく着て、白星([兜の星の銀色のもの])の五枚兜([五段のしころ=兜の鉢から左右や後方に垂れて首を覆うもの。を下げた兜])の吹き返し([兜の左右の錏の両端が上方へ折れ返っている部分])に、日光・月光([薬師如来の左右脇に侍する菩薩])の二天子を金と銀とにて彫り透かして打った兜を猪首([兜をあおむけてかぶること])にかぶり、当家累代の重宝で、鬼丸という黄金作り([金または金めっきの金具で作ったり、装飾したもの])の円鞘([軍陣用の肉厚の太刀を納めるためにこしらえた、断面が楕円形に近い鞘])の太刀に、三尺六寸(約108cm)の太刀を添えて、高薄部尾([薄部尾=薄黒い斑点のあるオジロワシの尾羽。の斑の部分が多いもの])の矢を三十六本差したえびらを、筈高([箙=矢を入れて肩や腰に掛け、携帯する容器。に入れて背負った矢の矢筈が高く現れて見えること])に負い、黄瓦毛([黄白色で、 たてがみ・下肢・ひづめが黒いもの])のたくましい馬に、三本唐傘(桓武平氏維将流北条氏流の紋)を金具に付けた鞍を置き、厚総([馬具で、面繋おもがい胸繋むながい尻繋しりがいの各部につけた糸の総を特に厚く垂らしたもの])の鞦([尻繋]=[馬の尾の下から後輪しづわしおで=革紐の輪。につなぐ紐])に燃え立つばかりに赤いものを懸け、朝日の光に輝かして、きらめいていました、ややもすれば軍勢より先に進み出て、あたりを散らして駆けたので、馬・物の具の様、軍立ち([戦いぶり]を見て、今日の大手の大将はこの者だと、知らぬ敵はいませんでした。なれば敵もほかの葉武者([身分の低い、取るに足りない武者])どもには目をかけず、こちらに開き合わせあちらに攻め合い、これ一人を討とうとしましたが、よい鎧を着ていたので裏を通す矢もありませんでした。打ち物([太刀])の達者でしたので、近付く敵を斬っては落としました。


続く


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by santalab | 2014-11-29 09:49 | 太平記 | Comments(0)

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