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「太平記」山崎攻の事付久我畷合戦の事(その5)

そのそのいきほ参然さんぜんたるに辟易して、官軍くわんぐん数万すまん士卒じそつ、すでに開き靡きぬとぞ見へたりける。ここに赤松の一族に佐用さよ佐衛門三郎範家のりいへとて、強弓つよゆみの矢継ぎ早や、野伏戦に心利きて、卓宣たくせん公がせしところを、我が物に得たるつはものあり。わざと物の具を脱いで、歩立かちだちの射手いてに成り、くろを伝ひ、薮をくぐつて、とある畔の陰に縫はれ臥し、大将に近付いて、一矢狙はんとぞ待つたりける。尾張をはりかみは、三方さんぱうの敵を追ひまくり、鬼丸に付きたる血を笠符かさじるしにて押しのごひ、あふぎ開きつかふて、思ふ事もなげに控へたるところを、範家近々と狙ひ寄つて引き詰めてちやうと射る。その矢思ふ矢壺を不違、尾張の守が兜の真つかふはづれ、眉間の真ん中に当たつて、脳を砕き骨を破つて、首の骨の外れへ、矢先白く射出したりける間、さしもの猛将まうしやうなれども、この矢一隻に弱つて、馬よりまつさかさまにどうど落つ、範家えびらを叩いて矢叫びを成し、「寄せ手の大将名越なごや尾張の守をば、範家がただ一矢に射殺したるぞ、続けや人々」と呼ばはりければ、引き色に成りつる官軍くわんぐんども、これに機をなほし、三方より勝つどきを作つて攻め合はす。尾張をはりかみ郎従らうじゆう七千余騎、しどろに成つて引きけるが、あるひは大将を討たせていづくへか可帰とて、引つかへして討ち死にするもあり。あるひは深田ふかたに馬を馳せ込うで、叶はで自害するもあり。されば狐川きつねがははたより鳥羽の今在家いまざいけまで、その道五十ごじふ余町よちやうが間には、死人尺地せきぢもなく伏しにけり。




名越尾張守(北条高家たかいへ)の勢いにあっけに取られて、官軍数万の士卒([軍兵])は、すでに潰滅するように見えました。ここに赤松(赤松氏)の一族で佐用佐衛門三郎範家(佐用範家)と申して、強弓の矢継ぎ早や、野伏戦(ゲリラ戦)に長けて、卓宣公(魯宣公。中国春秋時代)が秘せしところ(『孫子兵法』)を、会得した兵がいました。物の具([武具])を脱いで、歩兵の射手となり、あぜを伝い、薮を潜って、とある畔の陰に隠れ伏して、一矢狙おうと機会を窺っていました。尾張守(北条高家)は、三方の敵を追いまくり、鬼丸に付いた血を笠符で押し拭い、扇を開いて、敵に気付くこともなく一休みしているところを、範家は近々と狙い寄ると弓を引き詰めて矢を射ました。矢は思った矢壺([矢を射るときにねらいを定める所])を外れず、尾張守の兜の真っ向の外れ、眉間の真ん中に当たって、脳を砕き骨を砕いて、首の骨の外れへ、矢先が突き抜けました、さすがの猛将も、この矢一つに弱って、馬よりまっさかさまに落ちました、範家は箙([矢を入れて肩や腰に掛け、携帯する容器])を叩いて矢叫び([矢を射当てた時,射手があげる声])して、「寄せ手の大将名越尾張守(北条高家)を、範家がただ一矢に射殺したぞ、続けや人々よ」と大声上げたので、兵を引いていた官軍どもは、これに機を再び得て、三方より勝つ鬨を作って攻め合わせました。尾張守の郎従([家来])七千余騎は、力なく兵を引きましたが、ある者は大将を討たれていずこへ帰るべきと、引き返して討ち死にするもいました。ある者は深田に馬を馳せ込んで、仕方なく自害する者もいました。こうして狐川(現京都府京田辺市田辺狐川)の端より鳥羽の今在家(現京都市伏見区深草今在家町)まで、その道五十余町(約5km)の間には、死人が尺地([わずかな土地])もなく倒れ伏していました。


続く


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by santalab | 2014-11-29 09:58 | 太平記 | Comments(0)

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