引き立てし戸ばかりを、ほのかに押し開くれど、たなびく雲の色だに見えず、あやにくなる匂ひ所狭き。夜な夜なの数添ふままには、思ひ沈めむ方もなきからに、現の事と頼むべき別れの様にもあらねば、げに鬼神などの変化にやとも、様々思ひ乱るる事のみ数増さりて。
弁少将は引き立てた戸を、わずかに押し開けてみましたが、たなびく雲の色さえ見えず、ただ思いの外の梅の香りばかりが部屋に漂うばかりでした。夜な夜な悲しみの数は積もって、思いは鎮めようもなく、現実の別れだったとも思えず、もしや女は鬼神などの化身かとも、様々思い乱れることばかりが増さりました。
(続く)