朝の雨静かに降りて、袖の滴もいとど所狭きに、心地も悩ましければ、人々にも煩ふ由言ひて、臥し暮らせば、忝く聞こし召し付けて、労はり問はせ給ふ御使ひなどあれば、「さまで事々しき病ひにも侍らず。乱り風にや、今日ばかりためらひ侍る」由を奏せさせて、つくづくと眺め臥したるに、后宮よりも、御甥鄧嬰成と言ふ人を使ひにて、いと細かに訪ひ仰せ言あり、薬など賜はせたれば、驚き畏まり申す。うち解けたる気配の限りなくなつかしげなるを、若き心にはうち守りつつ、いかでかかる人出で来けむと、あはれに見る。貴に清らなる様容、女にて見まほしきを、かかる人しも、天の下に並びなき兵の名を留めし刀の跡まで、さしも人に優れけむと、あり難くぞ守らるる。この人も、賢き御教へに従へば、優れて才ありと言はるれば、口惜しからず文作り交はして帰り参りぬ。
朝の雨がしとしと降り、袖の滴もさらに乾く隙もなく、気が塞ぎ、人々に会うことも煩しいほどだと申して、臥していましたが、帝がこれをお聞きになられて、見舞いの使いを遣わしました、弁少将は「大した病いではありません。乱り風([風邪])でしょうか、今日ばかりは出仕を控えさせてただきました」と申し上げて、一日ぼんやりと臥せていると、后宮よりも、甥の鄧嬰成と申す人を使ひに立てて、懇ろに見舞いのお言葉があり、薬などが贈られたので、弁少将は驚いて畏まりお礼申し上げました。心穏やかそうな弁少将の振る舞いは限りなく親しみがあり、鄧嬰成は弁少将に興味を覚え、このような人がこの世にいるのかと、感心しました。気品があり美しい顔かたちは、女であればと思うほどで、このような人が、天下に並ぶ者もないほどの兵の名をその刀で絶ったことを思い出して、どれほどすぐれた人なのかと、とても信じられませんでした。また、賢王さへこの人の教えに従うほどに、優れた才能の持ち主と聞いていたので、この機会にと文([漢詩])を作り交わして帰って行きました。
(続く)