またの日の暮つ方、また御舟にて、槙の島、梅の島、橘の小島など御覧ぜらる。御遊び始まる。舟の内に楽器ども設けられたれば、吹き立てたる物の音世に知らず、所柄は、まして面白う聞こゆるに、水の底にも耳留むるものやと、そぞろ寒きほどなり。かの優婆塞の宮の、「隔てて見ゆる」とのたまひけん、「遠方の白浪」も、艶なる音を添へたるは、万折からにや。
翌日の暮れ方には、後嵯峨院(第八十八代天皇)はまた舟に乗られて、槙の島、梅の島、橘の小島などをご覧になられました。管弦の遊びが始まりました。舟には楽器が用意されておりましたので、吹き立てる物の音は世にないほどすばらしく、所柄は、まして趣きがございますれば、水の底にも耳留める([聞き耳を立てる])物があるかと、疑われるこどでございました。かの優婆塞の宮(『源氏物語』の宇治八の宮)が、「隔てて見ゆる」(『山風に 霞吹きとく 声はあれど 隔てて見ゆる 遠方の白浪』=『山風に乗ってわたしの心の霞を吹き払うあなた=薫大将。が吹く音色ばかりが聞こえますが、遠方の白波のようにお見えにならないのが残念でなりません』)が、「遠方の白浪」と詠まれましたのも、美しい音色が、聞こえたからでございましょうか。
(続く)