伊東、大きに喜びて、内外の侍、一面に取り払ひ、なほ狭かりなんとて、壺に仮屋を打ち出だし、大幕引き、上下二千四五百人の客人を、一日一夜ぞもてなしける。土肥の次郎、これを見て、「雑掌は、百人二百人までは安し。すでに二三千人の客人を一人に預くる事、無骨なり」と言ふ。伊東、これを聞き、「河津と申す小郷を知行せし時にも、いづれの誰に、我が劣りて振る舞ひし。ましてや、久須見の庄を総ねて持ち候ふ間、予ねて承るものならば、などや面々に引出物申さであるべき。これほどの事、何かは苦しかるべき」とて、山海の珍物にて、三日三夜ぞもてなしける。
伊東(伊東祐親)は、たいそうよろこんで、内外の侍所([侍の詰所])を、一面取り払い、なお狭いと、壺([庭])に仮屋を打ち立て、大幕を引き、上下二千四五百人の客人を、一日一夜もてなしました。土肥次郎(土肥実平)は、これを見て、「雑掌([賄い])は、百人二百人までなら何ともないが。すでに二三千人の客人を一人で賄うのは、そうそう適うまい」と申しました。伊東(祐親)は、これを聞いて、「河津と申す小郷を知行していた時にも、いづれの誰に、劣る振る舞いをしたことはないぞ。ましてや、久須見庄を重ね持っておるのだから、前もって聞くことならば、どうして面々に引出物を用意しないはずがあろうか。これほどの事は、大したことでもない」と申して、山海の珍物をもって、三日三夜もてなしました。
(続く)