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「宇津保物語」藤原の君(その57)

かくて、いと賢き、時の人にて、夜昼、内裏うち・春宮に候ひて、定めたるもなし。思ひ掛くまじき人に物聞こえなどして、この貴宮の、名高くて聞こえ給ふを、「いかで」と思ひて、言ふたはぶるる人に物も言はず、良き人の娘賜へど得で、大将殿の兵衛すけの君、同じつかさに物し給ふを、麗しく語らひ聞こえてあるを、大臣おとど見給ひて、「ここに、かく若き男子をのこごども、数多あまた侍る所なり。定めたる里なんども給はざなるを、顕澄あきずみが侍る所を、『里』と思ほせかし。宮あこまろを弟子にし給へ。いかで、これをだに、物聞き知りたる者に生ほし立てむ」とのたまひければ、行正ゆきまさ、喜びて、兵衛佐の君の御方に曹司ざうし作りて、ただそこにのみなむありける。




こうして、良岑行正はとても名高く、時の人となって、夜昼、内裏・春宮に仕えましたが、決まった妻はいませんでした。思いもかけず人から噂を聞くと、貴宮が、評判高いということでしたので、「どうにかして妻に」と思っていました、言い寄ってくる者には返事もせずに、身分の高い者の娘を妻にとの話も断っていました、大将殿(源正頼まさより)の兵衛佐の君(正頼の五男、顕澄)が同じ府にいました、親しい仲でしたので、これを大臣(正頼)が知って、行正に、「わたしの殿には、若い男の子が、たくさんいます。決まった里([生家])もないのであれば、顕澄がいるここを『里』と思えばよろしい。宮あこまろ(正頼の子)を弟子にしてほしい。なんとかして、宮あこまろを、物知り者に育てたいのだ」と申したので、行正は、喜んで、兵衛佐の君(顕澄)の殿に曹司([部屋])を作り、そこに住むことになりました。


続く


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by santalab | 2015-03-18 08:46 | 宇津保物語 | Comments(0)

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