程嬰、これを聞き、「時世に従ふ習ひ、昔は、さもこそありつらめ、今また、変はる折節なり。さればにや、君も、御運も尽き果て、命も縮まり給ふぞかし。徒ら事に関はりて、命失ひ給はんより、兜を脱ぎ、弓の弦を外し、降参し給へ。古の情けを以つて、助くべし」とぞ言ひける。十一歳のきくわく、討つ手は父よと知りながら、予ねて定めし事なれば、父重代の剣を横たへて、高き所に走り上がり、「如何に、人々、聞き給へ。かうめい王の太子として、臣下の手に掛かるべき事にもあらず。また、臣下心変はりも、恨むべきにもあらず。ただ前業拙けれ。さりながら、その家久しき郎等ぞかし。程嬰、出で給へ。日来の好みに、今一度見参せん」と言ひければ、程嬰、我が子の振る舞ひを見て、心安く思へども、忍びの涙ぞ進みける。
程嬰は、これを聞いて、「時世に従うのは世の習い、昔は、そうであったが、今はまた、世の変わる折節である。ならばこそ、君も、運も尽き果て、命を縮めることになったのだ。無駄に、命を失うより、兜を脱ぎ、弓の弦を外し、降参し給え。昔の情けだ、命ばかりは助けてやろう」と申しました。十一歳のきくわくは、討手が父と知りながら、予ねて決めたことでしたので、父から譲られた重代の剣を携えて、高所に走り上がり、「わたしはここだ、人々よ、聞きなさい。かうめい王の太子として、臣下の手に掛かることはできぬ。また、臣下の心変わりも、恨むものではない。ただ前業の拙さ故のことだ。とは申せ、その者は長く仕えた郎等([家来])だ。程嬰よ、前に出よ。日来の好みだ、今一度見参しよう」と申せば、程嬰は、我が子の振る舞いを見て、安心しつつも、忍び涙が溢れました。
(続く)