五朗また、引き下がりくどきけるは、「人界に生を受くる者、誰かは後の名残り惜しからで候ふべき。鬼王・道三郎が心をも、御兼ね候へかし。彼らをば、曽我へ帰し候ふべし。この事叶ひて候はば、申すに及ばず。し損ずるものならば、この人々が、ここにて歌を詠み、かしこにては詩を詠じて、しもたてぬ事なんど嘲らんも、口惜し。如何ばかりとか思し召し候ふ」と申しければ、理に責められて、その後、歌をも詠まず、横目をもせで、打ちけるほどに、大崩にこそ着きけれ。
五朗(曽我時致)はまた、馬を引き下げて申すには、「人界に生を受けた者、誰が後の名残りを惜しまぬ者がありましょう。鬼王・道三郎の気持ちを、察しなさいませ。彼らは、曽我へ帰しましょう。仇討ちが叶えば、それでよいではありませんか。もしもし損ずることがあれば、この者たちに、ここで歌を詠み、かしこでは詩を詠じて、しもたてぬ(仕損じ給ひぬる)などと嘲られては、残念なこととは思いませんか。どうでしょう」と申せば、十郎(曽我祐成)も道理に責められて、その後は、歌も詠まず、横目を向けることもなく、鞭を打つほどに、大崩(現神奈川県足柄下郡箱根町にある箱根駒ヶ岳)に着きました。
(続く)