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「曽我物語」千草の花見し事(その10)

母これを見て、『その亀放せ。なんぢが父の命日ぞ』。婆羅門聞きて、『忌日ならば、沙門しやもんをこそ供養くやうせめ』と言ひて、おさへて殺さんとす。亀涙を流して、『我が八十年後、我不堕地獄がふだぢごく大慈だいじ大悲故だいひこ必生安楽国ひつしやうあんらくこく』とぞ鳴きける。母、これを聞き、『なんぢ、亀の言葉聞き知れりや』。『知らず』と答ふ。『亀は、罪深き物にて、万劫まんごふ罪障ざいしやうを経て、成仏じやうぶつすべきに、今つるぎに従はば、またこふを経かへすべき悲しさよとなり。願はくは、その亀を放して、みづからを殺しさうらへ』と言ふ。『まことに亀の命に代はり給ふべきにや』と言ひも果てず、亀を海上かいしやうに投げ入れ、すなはつるぎを抜き、母に向かふ時、天神地神も、これを捨て給へば、大地だいぢ裂け割れて、奈落にしづむ。母を殺さんとする子の命を悲しみて、心ならずに母走り向かひ、婆羅門がもとどりを取り給へば、即ちかしらは抜けて、母の手に留まり、その身は無間むけんに沈みけり。されども、亀を放せし力に依りて、仏果ぶつくわを得、法華経ほけきやう普門品ふもんぼんを、婆羅門身ばらもんしんと説かれたる。斯様かやうの子をだにも、親はあはれむ習ひにてさうらふものを」。




母はこれを見て、『その亀を放しなさい。そなたの父の命日ですよ』と言いました。婆羅門はこれを聞いて、『忌日ならば、沙門([バラモン階級以外の出身の男性修行者])に供養させればよろしい』と言って、亀を抑えて殺そうとしました。亀は涙を流して、『わたしは八十年後には、地獄に堕ちることなく、仏の慈悲により、必ずや安楽国([極楽浄土])に生まれるはずだったのに』と鳴きました。母は、これを聞いて、『お前は、亀の言葉を知っていますか』と訊ねました。婆羅門は『知らない』と答えました。母は『亀は、罪深い物なれば、万劫の罪障を経て、成仏するものです、今剣に命を落とせば、劫の間地獄に堕ちることを悲しんでいるのです。願わくは、その亀を放して、このわたしを殺しなさい』と言いました。『本当に亀の命に代わろうと』と言い果てず、亀を海に投げ入れ、たちまち剣を抜き、母に向かう時、天神地神も、婆羅門を見捨てて、大地は裂け割れ、婆羅門は奈落([地獄])に沈みました。母は自らを殺そうとした我子の命を悲しんで、とっさに走り寄って、婆羅門の髻を掴むと、たちまち頭は抜けて、母の手に残り、その身は無間([無間地獄]=[地獄の最下層に位置する地獄])に沈みました。けれども、亀を放した力に依り、仏果を得て、法華経の普門品(『観音経』)に、婆羅門身(観音の三十三応現身像の一)として説かれています。このような子でさえも、親はかわいいものでございます」と申しました。


続く


by santalab | 2015-04-22 16:45 | 曽我物語

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