やがて、壇を破り、勘文に任せて、色々のしよ人を集め、その中に、怪しきを召し取り、拷問しければ、事々白状す。よつて、七百人の敵をことごとく召し取り、三百人の首を斬り給ひぬ。残り四百人斬らんとする時、天下暗闇に成りて、夜昼の境もなくして、色を失ふ。人民、道路に倒れ伏す。大王、驚きて曰く、「我、露ほどの私ありて、彼らの首を斬る事なし。下として上を嘲る下剋上戒め、後の世を思ふ故なり。もしまた、我に私あらば、天これを戒むべし。これを量らん」とて、三七日、飲食を止めて、高床に上り、足の指を爪立てて、「一命、ここにて消えなん。もし誤りなくは、諸天憐れみ給へ」と祈誓して、仁王経を書かせられけり。
たちまち、壇を壊し、勘文([天皇・院などの上意を受け、その裁断の資料として先例・故実を考査して提出する答申書])に任せて、色々のしよ人(職人=律令制で、省に属し、寮・司の上に位する役所の官人?)を集め、その中から、怪しい者どもを捕らえて、拷問すると、すべて白状しました。こうして、七百人の敵を一人残らず捕らえて、三百人の首を斬りました。残り四百人を斬ろうとすると、天下は暗闇となって、夜昼の区別も分かず、光を失いました。人民は、道路に倒れ伏しました。大王は、驚いて申すには、「わたしは、露ほども私心のために、彼らの首を斬るのではない。下の者が上を背く下剋上([下の者が上の者に打ち勝って権力を手中にすること])を戒めるため、後の世を思ってのことである。もしまた、我に私心あらば、天はこれを戒めるであろう。どうすればよいか願を立てよう」と申して、三七日(二十一日間)、飲食を止めて、高床に上り、足の指を爪立てて、「もし私心あらば我が一命は、ここで消えよう。もし真実ならば、諸天よ慈悲を与えよ」と祈誓して、仁王経(『仁王般若経』)を書きました。
(続く)