さても、母、子どもの返したる小袖を取り、各々顔に押し当てて、そのまま倒れ伏し、消え入りにけり。女房たち、やうやう介錯し、薬など口に注き、養生しければ、わづかに目計り持ち上げ給ひけり。責めての事に、文を開きて読まんとすれども、目も暮れ、心も心ならねば、文字も更に見え分かず。「恨めしや、わらはを」とばかり言ひて、胸に引き当て、また打ち伏しぬ。
ともかく、母は、子どもが返した小袖を手に取り、各々顔に押し当てて、そのまま倒れ伏して、消え入るようでした。女房たちが、なんとか介錯し、薬など口に注いで、養生すると、わずかに目だけを動かしました。何とかして、文を開いて読もうとしましたが、目も暮れ、心も心あらずに思えて、文字は見えませんでした。「恨めしいことです、わらわを一人残して」とばかり言って、胸に文を引き当て、また打ち伏してしまいました。
(続く)