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「曽我物語」橘の事(その4)

されば、この夢を言ひ脅して、買ひ取らばやと思ひければ、「この夢、かへす返す恐ろしき夢なり。よき夢を見ては、三年みとせは語らず。しき夢を見ては、七日の内に語りぬれば、おほきなる慎みあり。いかがすべき」とぞ脅しける。十九の君は、いつはりとは思ひも寄らで、「さては、いかがせん。よきに計らひてびてんや」と、大きに恐れけり。「されば、斯様かやうに、悪しき夢をば転じ替へて、難を逃るるとこそ聞きてさぶらへ」。「転ずるとは、何とする事ぞや。みづから心得難し。計らひ給へ」とありければ、「さらば、売り買ふと言へば、逃るるなり。売り給へ」と言ふ。買ふ者のありてこそ、売られさうらへ、目にも見えず、手にも取られぬ夢の跡、うつつたれか買ふべしと、思ひわづらふ色見えぬ。「さらば、この夢をば、わらは買ひ取りて、御身の難を除き奉らん」と言ふ。「みづからがもとより主、しくとても、恨みなし。御為悪しくは、いかが」と言ひければ、「さればこそ、売り買ふと言へば、転ずるにて、主も自らも、苦しかるまじ」と、まことしやかにこしらへければ、「さらば」と喜びて、売り渡しけるぞ、後に、悔しくは思えける。




ならば、この夢を言い脅して、夢を買い取ろうと思い、「この夢は、重ね重ね申しますが恐ろしい夢です。よい夢は、三年は語らないもの。悪い夢を見て、七日の内に語れば、大きな慎みとなりましょう。どうしたものか」と脅しました。十九の君(阿波局)は、嘘だとは思いも寄らず、「ならば、どうすればよろしいでしょう。何かよい方法はありませんか」と、たいそう恐れをなしました。「そうですね、このような、悪い夢を転じ替えて、難を逃れる方法がありると聞いています」。「転ずるとは、どうすればよいのでしょう。わたしには判りません。どうか教えてください」と申したので、「ならば教えましょう、夢を売り買いすれば、難を逃れることができます。夢を売りなさい」と申しました。買う者があってこそ、売ることもできますが、目にも見えず、手にも取ることのできぬ夢の跡を、現にいったい誰が買ってくれるのかと、十九の君(阿波局)は困ったような顔をしました。二十一の君(北条政子)は「どうでしょう、この夢を、わたしが買い取り、あなたの難を除きましょう」と申しました。「もとはと言えばわたしの夢、悪いことがあったとしても、恨みません。けれどあなたにわるいことが、起こるのではありませんか」と申せば、「先ほど申しましたが、夢を売り買いすれば、難を転じて、あなたもわたしにも、悪いことは起きませんよ」と、まことしやかに言い繕いました、十九の君は「ならば」とよろこんで、夢を売り渡しましたが、後に、悔しく思いました。


続く


by santalab | 2015-06-01 16:28 | 曽我物語

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