「あの冠者ばらは、義盛が内の者にて候ふ。奇怪なり。罷りし去れ」と怒られければ、この人々、死にたきところにてあらざれば、傍らにこそ忍びけれ。源太は、その後、駒打ち寄せ、大方に色代して、互ひに館へぞ帰りにける。「さても、源太が勢ひは如何に」。五朗聞きて、「鬼神なりとも、御首は、危ふくこそ思えしか」。十郎聞きて、「身に思ひだになくは、言ふに及ばず。心の物にかかりては、如何でか然様の事あるべき。源太討たん事は、いと安し。我らが命も生き難し。さては、梶原を討たんとて、心を尽くしけるか。向後は、心得給ひて、身を庇ひ、命をまつたくして、心を遂げ給ふべし。返す返す」と言ひながら、夜更くるまでぞ、居たりける。
「あの冠者どもは、義盛(和田義盛)の身内の者でございます。無礼である。ここを去れ」と怒ったので、この人々(曽我祐成・時致)は、死にたいとは思いませんでしたので、義盛の後ろに下がりました。源太(梶原景季)は、その後、駒を打ち寄せ、そこそこに挨拶して、互いに館へ帰って行きました。「それにしても、源太の奢りはどういうことか」。五朗(時致)はこれを聞いて、「たとえ鬼神であろうと、首は、危うく思えましたが」。十郎(祐成)はこれを聞いて、「身に思いがなければ、言うまでもないこと。本懐あればこそ、どうしてこのようなことをするものか。源太を討つことは、とても容易いことよ。我らの命もそれまでだが。さては、梶原(景季)を討とうと、思っていたか。この後は、よくよく心得て、身を大事にし、命をまっとうして、本望を遂げることぞ。返す返す念じよ」と申して、夜が更けるまで、語り合いました。
(続く)