祐成があり所近ければ、義盛が言葉、手に取る様にぞ聞こえける。「不思議やな。思はぬ最後の出で来たるぞや。身に思ひのあれば、千金万玉よりも惜しき命なり。されども、逃れぬところは、力なし。徒らなる死にして、五朗に恨みられん事こそ、思ひ遣られて悲しけれ。さりながら、斯様のところは、神も仏も許し給へ」と観じて、烏帽子押し直し、直垂の露結びて、肩に掛け、伊東重代の赤銅作りの太刀を二三寸抜き掛け、片膝押し立て、一方の戸を開き、「事々し、三浦の者ども、何十人もあれ、一番に入らん朝比奈が諸膝薙ぎ伏せ、続かん奴ばら、物の数にやあるべき、伊東の手並み見せん。遅し」とこそは待ち掛けたり。
祐成(曽我祐成)は近くにいたので、義盛(和田義盛)の言葉が、手に取るように聞こえました。「不思議なことよ。思いもしない最後となるやも知れぬ。身に願いあらば、千金万玉よりも惜しい命だが。けれども、逃れられぬところならば、仕方ない。無駄に死んで、五朗(曽我時致)に恨まれることだろうと、思い遣られて悲しく思いました。けれども、仕方のないことならば、神も仏も許し給え」と念じて、烏帽子を押し直し、直垂([衣])の露([狩衣・水干などの袖くくりの紐の垂れた端])を結び、肩に掛け、伊東重代の赤銅作りの太刀を二三寸抜いて、片膝押し立て、一方の戸を開き、「やかましい奴め、三浦の者どもが、何十人いようが、一番に入る朝比奈(朝比奈義秀)の諸膝([両膝])を薙ぎ伏せば、続く奴どもは、物の数ではなかろう、伊東の手並み見せてくれよう。遅いぞ」と待ち掛けました。
(続く)