虎も、この有様を見て、実にや、冥途より来たるなる獄卒の追つ立つる道だにも、主君・師匠の命には代はるぞかし。ましてや、夫婦恩愛の契り浅からずとは、古今までも伝へ聞くなるものを、後の世までも離れじと思ひ切りて、守り刀、衣の褄に取りくくみ、三浦の人々、如何に勇み乱れ入るとも、何となく立ち回り、よき隙に、義盛を一刀刺し、如何にもならんと、ただ一筋に思ひ定め、祐成近く居寄り、今やと待つぞ、哀れなる。
虎御前も、この有様を見て、まこと、冥途より来た獄卒に追っ立てられようとも、主君・師匠の命に代わるというもの。ましてや、夫婦恩愛の契り浅からずとは、古今までも伝え聞く、後の世までも離れまいと思い切り、守り刀を、衣の褄([長着の裾の左右両端の部分])に隠し持ち、三浦の人々が、勇み乱れ入るとも、立ち回り、よき隙に、義盛(和田義盛)を一刀刺し、如何にもなろうと、ただ一筋に覚悟を決めて、祐成の近く寄り、今やと待っていました、不憫なことでした。
(続く)