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「曽我物語」三浦の与一を頼みし事(その3)

時致ときむね言ふやう、「つらつら事を案ずるに、隙を求めて、便宜びんぎを窺ひさうらへばこそ、今まで本意をば遂げざれ。今度においては、一筋に思ひ切り、便宜よくは、御前をも恐るべからず、御やかたをも憚るべからず、夜とも言はず、昼とも嫌はず、とほくは射落とし、近くは組みて、勝負せん。身をあるものにせばこそ、隙をも窺ひ、所をも嫌はめ。もしし損ずるものならば、悪霊あくりやう死霊しりやうと成りて、命を奪ふべし。なまじひなる命生きて、明け暮れ思ふも悲し。今度出でなん後、二度ふたたびかへるべからず、思ひ切りて候ふは、いかが思し召し候ふ」。祐成すけなり聞き、「子細にや及ぶ。それがしも、かくこそ思ひ定めて候へ」とて、各々出で立ちけるぞ、あはれなる。




時致(曽我時致)が申すには、「よくよく思うに、隙を求め、好機を窺えばこそ、今まで本意を遂げることは叶いませんでした。今度は、覚悟を決めて、機会あらば、御前をも恐れることなく、たとえ館であろうと憚ることなく、夜でも、昼でも、遠くは射落とし、近くは組んで、勝負しましょう。生きて帰ろうと思えばこそ、隙を窺い、所をも選びました。もしし損ずることあらば、悪霊・死霊ともなって、敵(工藤祐経すけつね)の命を奪いましょう。甲斐なき命を生きて、明け暮れ嘆くのは悲しいことです。今度ここを出たら、再び帰ろうとは思わないことです、覚悟を決めてかかるべきです、そうしましょう」。祐成(曽我祐成)はこれを聞き、「申すまでもないこと。わたしは、すでに覚悟を決めている」と申して、各々出で立ちました、哀れなことでした。


続く


by santalab | 2015-08-21 07:31 | 曽我物語

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