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「曽我物語」三浦の与一を頼みし事(その9)

ここに、和田の義盛よしもりは、鎌倉よりかへりけるに、手越てこし川にて行き合ひたり。与一を見れば、かほの気色変はり、駒の足並み速かりければ、義盛、暫く駒を控へ、「何処いづくへぞ」と言ふ。与一、物をも言はで、駒を早めけるが、ややありて、「鎌倉ヘ」とばかり答ふ。「さても、鎌倉には、何事の起こり、三浦には、如何なる大事の出で来さうらへば、それほどにあわて給ふぞや。いづ方の事なりとも、義盛、離るべからず。御分また、隠すべからず」とて、与一が馬の手綱を取り、隙なく問ひければ、与一まうでう、「べちの子細にては候はず。曽我の者どもが来たり候ひて、親のかたき討たんとて、義直よしなほを頼み候ふあひだ、『適ふまじき』と申して候へば、五朗ごらうと申すをこの者が、散々に悪口あつかう仕り候ふ。当座たうざに、如何にも成るべかりしを、彼らは二人、それがしはただ一人候ひし間、敵はで、斯様かやうの子細、うへまうし入れて、彼らを失はん為、鎌倉へ急ぎ候ふ」と言ひければ、和田、これを聞き、暫く物をも言はず。




ここに、和田義盛は、鎌倉より帰るところでしたが、手越川(田越川。現神奈川県逗子市)で行き合いました。与一を見れば、顔色変わり、駒の足並み速く、義盛は、しばらく馬を控え、「どこへ行くのだ」と訊ねました。与一は、物も言ず、なおも駒を早めましたが、しばらくして、「鎌倉ヘ」とばかり答えました。「さて、鎌倉で、何事か起こったか、三浦には、どれほどの大事が起こり、それほどあわてておるのだ。いずれにせよ、この義盛が、供をするぞ。お主もまた、隠さず話せ」と申して、与一の馬の手綱を取り、隙なく訊ねました、与一が申すには、「大したことではありません。曽我の者どもが訪ねて来て、親の敵を討つために、この義直を頼ってきたのです、『無理な話よ』と申せば、五朗(曽我時致ときむね)と申す愚か者が、散々に悪口しました。その場で、いかにもと思いましたが、彼らは二人、わたしはただ一人でございましたので、敵わず、この子細を、上へ申し入れて、彼らを失うために、鎌倉へ急いでおるのです」と言うと、和田(義盛)は、これを聞いて、しばらく何も言いませんでした。


続く


by santalab | 2015-08-27 08:48 | 曽我物語

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