ややありて、「恨めしや、問はずは知らせじと思し召すかや。まこと、わらはは大磯の君、浅ましき者の子なれば、誠の道をも思し召さじなれども、女の身のはかなさ、身に代へてもとこそ思ひ奉れ。見え初めしより、などやらん、思ひの色の深草や、忍ぶの袖に摺り衣、忘れ奉る便りなし。御心ざしは知らねども、御予言の違ふをば、偽りにまた成るらんと、心を尽くし待たれしに、然様に思ひ立ち給はば、わらはも、同じく髪を下ろし、墨染めの衣に身をやつし、一つ庵にあらばこそ、別に庵室引き結び、衣を雪ぎて参らせん。香を供へ給はば、花を摘み、薪を拾ひ給はば、水を結び、一つ蓮の縁をも願はん。その睦びをも、否とのたまはば、山寺に修行して、余所ながら見奉らん。それも、憚り思し召さば、聞き給へ、身を投げ、一日片時も別れ奉る事あらじ」とて、涙に咽びけり。
しばらくあって、「恨めしいこと、訊ねなければ話さないおつもりでしたか。まことに、わたしは大磯の君、賎しい者の子です、心からの情けを知らぬとでも思っておられるや、女の身のはかなさ故、姿を代えてでもあなたとご一緒したいと思っておりますのに。初めてお会いした時より、なぜかしら、あなたへの思い深く、忍ぶ袖にも思いは千々に乱れて、忘れることはありませんでした。わたしのことをどれほど思っておられるかは存じ上げません、予言([約束の言葉])を嘘と申すとも、いつかそれも偽りになる時が来ると、心を尽くし待つ覚悟です、それほど覚悟なさっておられることならば、わたしも、同じように髪を下ろし、墨染めの衣に身をやつし、一つ庵とまでは申しません、別に庵室を結び、情にまみれたこの衣を雪ぎましょう。あなたが香を供えれば、わたしは花を摘み、あなたが薪を拾えば、わたしは水を汲み、後は一つ蓮の縁もと願いましょう。それも、いやだと申されるのであれば、山寺で修行して、余所ながら見ることにいたしょう。それも、修行の障りとなると思われるのならば、お聞きください、わたしは身を投げまする、一日片時なりともあなたのそばを離れとうはございません」と申して、涙に咽ぶばかりでした。
(続く)