十郎も、詮方無くして、「余りな歎き給ひそ。人々聞き候ふべし。名残りは誰も同じ心ぞ」と慰めつつ、「これを形見に」とて、「祐成に添ふと思し召せ」とて、鬢の髪を切りて取らせぬ。虎は、涙諸共に受け取り、膚の守に深く納め、物をも言はで伏し鎮みぬ。十郎も、同じ枕に打ち傾き、涙に咽ぶ計りなり。日も既に暮れければ、今宵ばかりの名残りぞと、思ひ遣るこそ悲しけれ。千代を一夜に重ねても、明けざれかしと思はるる。
十郎(曽我祐成)も、どうしてよいか思案に暮れて、「そんなに悲しまないでおくれ。人々が聞いておろう。名残りはわたしも同じこと」と慰めつつ、「これを形見に」と申して、「この祐成がそばにいると思え」と申して、鬢([耳ぎわの髪])の髪を切って取らせました。虎御前は、涙とともにこれを受け取ると、膚の守に深く納め、何も言わずに伏しました。十郎(祐成)も、同じ枕に寄り添って、涙に咽びました。日もすでに暮れて、今宵ばかりの名残りと、思えば悲しみは尽きませんでした。千代をこの一夜に重ねても、夜が明けないでほしいと願うばかりでした。
(続く)