頃さへ、五月の短か夜の有明なれば、宵の間の、待たるるほどもなければや、出づると見れば、そのままに、傾く空も恨めし、八声と言ふも、鶏の、夜や知りふると明け安く、夢見るほども微睡まで、東にたなびく横雲の、東雲白む浮き枕、また睦言の尽きなくに、後朝に成る曉の、涙に床も浮きぬべし。互ひの名残り、心の中、さこそと思ひ知られたれ。
頃は、五月の短か夜の有明([陰暦十六夜以後、月がまだ空に残っていながら夜が明けようとする頃])でした、宵の間の、月を待つほども時の間に過ぎて、月が出たと思えば、あっという間に、傾く空も恨めしく、八声([夜の明け方にしばしば鳴く鶏の声])と言う、鶏の声が、夜が明けると知らせて、夢見るほども微睡まず、東にたなびく横雲の、東雲に白む浮き枕([涙で浮いた枕])、まだ睦言([男女の寝室での語らい])の尽きないうちに、後朝([男女がともに寝た翌朝])になる曉の、涙に床も浮くようでした。互いの名残り、心の内が、思い遣られました。
(続く)