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「狭衣物語」巻一(その13)

四月うづきも過ぎぬ。五月さつき四日にもなりぬ。夕つ方、中将の君、内裏うちより罷で給ふに、道すがら見給へば、菖蒲あやめ引き下げぬしづもなく、行き違ひつつ、もて扱ふ様ども、「げに、いかばかり深かりける、十市とをちの里の小泥こひぢなるらん」と見ゆる、足元どもの由々しげなるが、いとおほく持ちたるも、「いかに苦しかるらん」と、目留まり給ひて、

浮き沈み ねのみながるる あやめ草 かかるこひぢと 人も知らぬに

とぞ思さるる。玉のうてな軒端のきばに掛けて見給へば、おかしくのみこそあるを、御車のさきに、顔なども見えぬまで、うづもれて、行き遣らぬを、御隋身みずいじんどもおどろおどろしく、声々こゑごゑひ留むれば、身のならんやうも知らずかがまりたるを、見給ひて、「さばかり苦しげなるを、かくな言ひぞ」とのたまへば、「慣らひにてさふらへば、さばかりの者は何か苦しう候はん」とまうす。「心憂くも、言ふものかな」と、聞き給ふ。




四月も過ぎました。五月四日になりました。夕方、中将の君【狭衣】は、内裏を出ました、道すがら眺めると、菖蒲を抱え持たない賎の男は一人もいませんでした、行き違いつつ、大変そうに見て、「まこと、どれほど深く入って取ったものであろうか、十市の里(現奈良県橿原市十市とほいち町。「遠」に掛かる)の小泥であろう」と見る、足元はすっかり泥にまみれて、たくさんの菖蒲を持つ姿に、「どれほどつらいことだろう」と、思わず目を留めて、

あやめ草のように、浮き沈みながら涙を流すばかり。わたしがこれほどまでに恋に苦しんでいることを、人は知らないが。

と思うのでした。玉の台([美しくりっぱな御殿])の軒端に掛かる菖蒲は、風流なものですが、車の前の、顔も見えぬほど、菖蒲を抱えて、歩くもままならぬ男を、隋身([近衛府の大将・中将・少将や、衛府・兵衛の長官や次官などに付き従い、その警護する者])が、厳しく、声を上げて、追い払うと、身を投げ捨てるように土下座するのを、見て、「菖蒲をかかえて難儀しておるではないか、罵るでない」と申せば、「世の常のことでございます、こやつどもは当たり前のことと思っております」と答えました。狭衣は「悲しいことを、言うものよ」と、聞きました。


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by santalab | 2015-10-02 08:57 | 狭衣物語 | Comments(0)

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