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「太平記」清氏正儀寄京事(その1)

相摸のかみは、石塔刑部卿を奏者にて、「清氏不肖ふせうの身にて候へども、御方に参ずるゆゑに依つて、四国・東国・山陰・東山、大略義兵を上げ候ふなる。京都は元来はかばかしき兵一人も候はぬ上、細川右馬のかみ頼之よりゆき・赤松律師則祐そくいうは、当時山名伊豆いづの守と陣を取り向かふて、相戦ふ最中にて候へば、皆我が国を立ち離れ候まじ。土岐・佐々木らは、また仁木右京うきやうの大夫義長よしながと戦つて、両陣あひ支へて上洛しやうらく仕つる事候ふまじ。防ぐべき兵もなく助けの勢もあるまじき時分にて候へば、急ぎ和田にぎた・楠木以下の官軍くわんぐんに、合力を致し候へとおほせ下され候へ。清氏真つ先を仕つて京都を一日が中に攻め落として、臨幸を正月以前になしまゐらせ候ふべし」とぞ申しける。主上しゆしやうげにもと思し召しければ、やがて楠木を召して、「清氏がまうすところいかがあるべき」と仰せらる。




相摸守(細川清氏きようぢ)は、石塔刑部卿(石塔頼房よりふさ)を奏者にして、「わたし清氏は不肖([未熟で劣ること])の身でありますが、味方(南朝)に参ったからには、四国・東国・山陰・東山の者たちの、ほとんどが義兵([正義のために起こす兵])となるに違いありません。京都は元より取り立てて申すほどの兵は一人もおりませんし、細川右馬頭頼之(細川頼之)・赤松律師則祐(赤松則祐)は、今山名伊豆守(山名時氏ときうぢ)と陣を向かい合い、戦っている最中ですので、皆己の国を離れる事はないでしょう。土岐(土岐頼康よりやす)・佐々木ら(佐々木道誉だうよ)は、仁木右京大夫義長(仁木義長)と戦っておりますので、両陣ともにこれを防ぐため上洛することはないと思われます。(北朝に)防ぐ兵もなく助けとなる兵もおらぬ今こそ、急ぎ和田(和田賢秀けんしう)・楠木(楠木正儀まさのり。楠木正成の三男)以下の官軍に、力を合わせるよう仰せ下されますように。わたし(細川)清氏が先陣仕り京都を一日の内に攻め落として、臨幸を正月までに実現させましょう」と申しました。主上(第九十七代後村上天皇)もなるほどと思われて、すぐに楠木(正儀)を呼んで、「(細川)清氏がこう申しておるがどうすればよいのじゃ」と申されました。


続く


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by santalab | 2015-10-29 08:21 | 太平記 | Comments(0)

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