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「太平記」楠出張天王寺の事付隅田高橋並宇都宮の事(その2)

楠木が勢これを追ひ散らさんとする真似をして、追つつかへしつ同士軍どしいくさをぞしたりける。湯浅入道これを見て、我が兵粮ひやうらう入るるつはものどもが、楠木が勢と戦ふぞと心得て、城中より打つて出で、そぞろなる敵の兵どもを城中へぞ引き入れける。楠木が勢ども思ひのままに城中に入りすまして、たはらの中より物の具ども取り出だし、ひしひしと固めて、すなはち鬨の声をぞ上げたりける。城の外の勢、同時に木戸を破り、屏を越えて攻め入りける間、湯浅入道内外ないげの敵に取り籠められて、可戦様やうもなかりければ、たちまちに首を延べて降人かうにんに出づ。楠木その勢を合はせて、七百余騎にて和泉いづみ・河内の両国りやうごくを靡けて、大勢に成りければ、五月十七日じふしちにちに先づ住吉・天王寺てんわうじへんへ打つて出で、渡部わたなべの橋よりみんなみに陣を取る。




楠木(楠木正成)の勢はこれを追い散らす真似をして、追いつ返しつ同士軍([味方同士の戦])をしました。湯浅入道(湯浅宗藤むねふぢ)はこれを見て、我が兵粮を城に入れる兵が、楠木(正成)の勢と争っていると思って、城中より打って出て、疑うことなく敵の兵どもを城内に引き入れました。楠木の勢どもは思うままに城内に入ると、俵の中から物の具([武具])を取り出し、身に付けると、たちまち鬨の声を上げました。城の外の勢は、同時に木戸([城の出入り口])を破り、屏を越えて攻め入ったので、湯浅入道(宗藤)は内外の敵に取り籠められて、戦うことは叶いませんでした、たちまちに首を延べて降人となりました。楠木(正成)その勢を合わせて、七百余騎で和泉・河内両国を味方に付けて、大勢になったので、五月十七日にまず住吉(現大阪市住吉区)・天王寺(現大阪市天王寺区)辺へ打って出て、渡部橋(当時あった場所は不詳)の南に陣を取りました。


続く


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by santalab | 2015-11-07 14:34 | 太平記 | Comments(0)

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