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「太平記」楠出張天王寺の事付隅田高橋並宇都宮の事(その5)

六波羅の勢これを見て、勝つに乗り、人馬の息をも不継せ、天王寺の北の在家まで、揉みに揉うでぞ追うたりける。楠木思ふほど敵の人馬を疲らかして、二千騎にせんぎを三手に分けて、一手は天王寺のひんがしより敵を弓手ゆんでに受けて懸け出づ。一手は西門さいもんの石の鳥居より魚鱗懸ぎよりんがかりに懸け出づ。一手は住吉の松の陰より懸け出で、鶴翼かくよくに立て開き合はす。六波羅の勢を見合あはすれば、対揚たいやうすべきまでもなき大勢なりけれども、陣の張りやうしどろにて、かへつて小勢に囲まれぬべくぞ見へたりける。隅田・高橋これを見て、「敵後ろに大勢を隠してたばかりけるぞ。この辺りは馬の足立ち悪しうして叶はじ。広みへ敵をおびき出だし、勢の分際ぶんざいを見計らふて、懸け合はせ懸け合はせ勝負を決せよ」と、下知げぢしければ、五千余騎のつはものども、敵に後ろを被切ぬ先にと、渡部の橋を指して引き退く。楠木が勢これに利を得て、三方さんばうより勝ち鬨を作つて追つ懸くる。




六波羅の勢はこれを見て、勝つに乗り、人馬の息をも継がせず、天王寺の北の在家まで、しゃかりきになって追いかけました。楠木(楠木正成)は思うほどに敵の人馬を疲れさせると、二千騎を三手に分けて、一手は天王寺の東より敵を弓手([左手])に受けて駆け出しました。一手は西門の石の鳥居より魚鱗懸かり([魚鱗の隊形で敵に攻めかかること])に駆け出しました。一手は住吉(現大阪市住吉区にある住吉大社)の松の陰より駆け出て、鶴翼に開いて勢を合わせました。六波羅の勢を見れば、対揚([対等])と思えぬほど大勢でしたが、陣は乱れて、小勢に囲まれるほどに思われました。隅田(隅田通治まさはる)・高橋(高橋宗康むねやす)はこれを見て、「敵が後ろに大勢を隠して騙しておったとは。この辺りは馬の足立ち悪く敵うまい。広みへ敵をおびき出し、勢の分際([数])を見て、駆け合わせて勝負を決せよ」と、命じたので、五千余騎の兵どもは、敵に後ろを破られる前にと、渡部橋を指して引き退きました。楠木(楠木正成)の勢はこれに勢い付いて、三方より勝ち鬨を作って追いかけました。


続く


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by santalab | 2015-11-10 08:26 | 太平記 | Comments(0)

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