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「太平記」楠出張天王寺の事付隅田高橋並宇都宮の事(その10)

夜明けければ、宇都宮七百余騎の勢にて天王寺てんわうじへ押し寄せ、古宇都こうづの在家に火を懸け、鬨の声を上げたれども、敵なければ不出合。「たばかりぞすらん。この辺りは馬の足立ち悪しうして、道狭せばき間、懸け入る敵に中を被破な、後ろを被裹な」と下知げぢして、紀清両党きせいりやうたう馬の足を揃へて、天王寺の東西の口より懸け入つて、二三度まで懸け入り懸け入りしけれども、敵一人もなくして、焚き捨てたるかがりともしび残りて、夜はほのぼのと明けにけり。宇都宮不戦先に一勝ちしたる心地して、本堂ほんだうまへにて馬より下り、上宮太子じやうぐうたいしを伏しをがみ奉り、これひとへに武力ぶりきの非所致、ただしかしながら神明仏陀の擁護おうごに懸かれりと、信心を傾け歓喜くわんぎの思ひを成せり。やがて京都へ早馬はやむまを立て、「天王寺の敵をば即時に追ひ落としさふらひぬ」とまうしたりければ、両六波羅りやうろくはらを始めとして、御内外様の諸軍勢に至るまで、宇都宮がこの度の振る舞ひ抜群なりと、誉めぬ人もなかりけり。




夜が明けると、宇都宮(宇都宮公綱きんつな)は七百余騎の勢で天王寺(現大阪市天王寺区にある四天王寺)に押し寄せ、古宇都(高津。現大阪市中央区)の在家に火を懸け、鬨の声を上げましたが、敵はいませんでしたので出会うことはありませんでした。「我らを騙そうとしておるのか。この辺りは馬の足立ちも悪く、道は狭い、駆け入る敵に中を破られるな、裏を懸かすな」と命じて、紀清両党([宇都宮氏の家中の精鋭として知られた武士団])は馬の足を揃えて、天王寺(現大阪市天王寺区にある四天王寺)の東西の口より駆け入って、二三度まで駆け回りましたが、敵は一人もなくて、焚き捨てた篝には燈火が残ったまま、夜はほのぼのと明けました。宇都宮(公綱)は戦わずして勝ったような機能なって、本堂の前で馬から下り、上宮太子(聖徳太子)を伏し拝み(四天王寺は聖徳太子が建立)、この勝ちは武力によるものでなく、神明仏陀の擁護によるものと、信心を傾け歓喜せずにおれませんでした。すぐに早馬を立て、「天王寺の敵をば即時に追い落としました」と告げ知らせると、両六波羅(北条仲時なかとき、南方北条時益ときます)をはじめとして、身内外様の諸軍勢に至るまで、宇都宮のこの度の振る舞い抜きん出ておると、誉めぬ人はいませんでした。


続く


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by santalab | 2015-11-13 08:20 | 太平記 | Comments(0)

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