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「太平記」楠出張天王寺の事付隅田高橋並宇都宮の事(その11)

宇都宮、天王寺てんわうじの敵を容易く追つ散らしたる心地にて、一面目はあるていなれども、やがて続いて敵の陣へ攻め入らん事も、無勢ぶぜいなれば不叶、またまことのいくさ一度も不為して引つかへさん事もさすがなれば、進退しんだいきはまつたるところに、四五日を経て後、和田・楠木、和泉いづみ河内かはちの野伏どもを四五千人駆り集めて、しかるべきつはもの二三百騎差し添へ、天王寺辺に遠篝火とほかがりびをぞ焚かせける。すはや敵こそ打ち出でたれと騒動さうどうして、更け行くままにこれを見れば、秋篠あきしの外山とやまの里、生駒のだけに見ゆる火は、晴れたる夜の星よりも繁く、藻塩草もしほぐさ志城津しぎづの浦、住吉・難波なんばの里に焚くかがりは、漁舟ぎよしうとぼ漁火いさりびの、波を焚くかと怪しまる。すべて大和・河内・紀伊きの国にありとある所の山々浦々に、篝を焚かぬ所はなかりけり。その勢幾万騎いくまんぎあらんと推量してをびたたし。如此する事両三夜に及び、次第に相近付あひちかづけば、いよいよ東西南北四維上下しゆゐじやうげに充満して、闇夜あんやに昼を替へたり。




宇都宮(宇都宮公綱きんつな)は、天王寺の敵を容易く追い散らし、一面目を施したと思いましたが、やがて続いて敵の陣へ攻め入ろうにも、無勢なれば適わず、またまことの軍を一度もせずに引き返すのもためらわれて、進退を決めかねていたところに、四五日を経た後、和田(和田正頼まさより)・楠木(楠木正成)は、和泉・河内の野伏([農民の武装集団])どもを四五千人駆り集めて、それなりの兵二三百騎を差し添え、天王寺あたりに遠篝火を焚かせました。宇都宮(公綱)方は敵が攻めて来たと騒動になりましたが、更け行くままにこれを見れば、秋篠(現奈良県奈良市)や外山の里(秋篠に同じ)、生駒岳(現大阪府・奈良県境にある生駒山)に見える火は、晴れた夜の星よりも数多く、藻塩草を焼く志城津の浦(敷津の浦。現大阪市浪速区)のよう、住吉(現大阪市住吉区)・難波(現大阪市中央区)の里に焚く篝は、漁舟に灯す漁火が、まるで波を焚くようでした(生駒山があるので、秋篠外山の里の火は天王寺からは見えないはずだが)。すべて大和・河内・紀伊国のありとあらゆる所の山々浦々に、篝を焚かぬ所はありませんでした。その勢は幾万騎あるかと思われるほどでした。こうして三日の間、次第に火が近付けば、ますます東西南北四維([天地の四つの隅。いぬい=北西・ひつじさる=南西・たつみ=南東・うしとら=北東])上下に充満して、闇夜を昼に変えました。


続く


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by santalab | 2015-11-13 17:59 | 太平記 | Comments(0)

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