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「太平記」頼員の事(その4)

夜未だ明けざるに、斉藤急ぎ六波羅へ参じて、事の子細をくはしく告げまうしければ、すなはち時を変へず鎌倉へ早馬はやむまを立て、京中きやうぢゆう洛外らくぐわいの武士どもを六波羅へ召し集めて、先づ着到ちやくたうをぞ付けられける。その頃摂津国つのくに葛葉くずはと云ふ処に、地下人ぢげにん代官だいくわんを背きて合戦に及ぶ事あり。かの本所ほんじよ雑掌ざつしやうを、六波羅の沙汰として、庄家しやうけにし据へん為に、四十八箇所のかがり、並びに在京人ざいきやうにんを催さるる由を被披露。これは謀反のともがらを落とさじが為のはかりごとなり。土岐ときも多治見も、我が身の上とは思ひも寄らず、明日みやうにちは葛葉へ向かふべき用意して、皆己が宿所にぞ居たりける。




夜がまだ明けないうちに、斉藤(斎藤利行としゆき)は急ぎ六波羅へ参り、事の子細を詳しく告げると、たちまち時を変えず鎌倉へ早馬を立て、京中・洛外の武士どもを六波羅へ召し集めて、まず着到([着到帳]=[武士が幕府などに加勢の催促を受けて所定の場所に到着した事を記す文書])を付けました。その頃摂津国の葛葉(現大阪府枚方市楠葉)という所に、地下人([庶民])が代官に背いて合戦に及ぶ事件がありました。本所([荘園領主])の雑掌([代官])を、六波羅の沙汰として、庄家([荘園領主])に据えるために、四十八箇所の篝火を灯し、在京人を集めると触れ回りました。これは謀反の者どもを逃がさぬための謀略でした。ともがらを落とさじが為のはかりごとなり。土岐(土岐頼貞よりさだ)も多治見(多治見国長くになが)も、我が身の上とは思いも寄らず、明日は葛葉に向かう用意をして、皆己の宿所で休んでいました。


続く


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by santalab | 2015-11-17 07:32 | 太平記 | Comments(0)

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