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「太平記」頼員の事(その7)

多治見が宿所へは、小串こぐし三郎左衛門範行のりゆきを先として、三千余騎にて推し寄せたり。多治見は終夜よもすがらの酒に飲みひて、前後も不知臥したりけるが、鬨の声に驚いて、これは何事ぞとあわて騒ぐ。傍に臥したる遊君いうくん、物馴れたるをんななりければ、枕なるよろひ取つて打ち着せ、上帯うはおび強くめさせて、なほ寝入りたる者どもをぞ起こしける。小笠原孫六をがさはらまごろく、傾城に驚かされて、太刀計りを取つて、中門に走り出で、目をすりすり四方しはうをきつと見ければ、車の輪の旗一流れ、築地ついぢうへより見へたり。孫六内へ入つて、「六波羅より討つ手の向かうてさふらひける。このあひだの御謀反早やあらはれたりと思え候ふ。早や面々太刀の目貫きのこらゑん程は切り合うて、腹を切れ」と呼ばはつて、腹巻取つて肩に投げ掛け、二十四差いたるえびらと、繁藤しげどうの弓とを引つ提げて、門の上なる櫓へ走り上がり、中差し取つて打ち番ひ、狭間さまの板八文字にひらいて、「あら事々しの大勢おほぜいや。我らが手柄のほどこそれたれ。そもそも討つ手の大将はたれまうす人の向かはれて候ふやらん。近付いて一つ請けて御覧候へ」と云ふままに、十二束三伏じふにそくみつぶせ、忘るる計り引き絞りて、きつて放つ。真つさきに進んだる狩野の下野前司しもづけのぜんじが若党に、衣摺きぬずり助房すけふさが兜の真つかう、鉢付けの板まで、矢先白く射通ほして、馬よりさかさまに射落とす。




多治見(多治見国長くになが)の宿所へは、小串三郎左衛門範行(小串範行)を先として、三千余騎で押し寄せました。多治見(国長)は一晩中酒を飲み酔っぱらって、前後不覚で寝ていましたが、鬨の声に驚いて、これはいったい何事だとあわて騒ぎました。となりで寝ていた遊君([遊女])は、物怖じしない女でしたので、枕元の鎧を取って着せ、上帯([鎧の胴を締める緒])を強く締めさせて、まだ寝入っていた者どもを起こしました。小笠原孫六は、傾城([美女])に驚き、太刀ばかり取って、中門に走り出て、目をこすりつつ四方をしっかり見れば、車の輪(源氏車紋?)の旗が一流れ、築地([土塀])の上から見えました。孫六は内へ入って、「六波羅より討っ手が向かって来ます。この間の謀反が露見したものと思われます。急ぎ面々よ太刀の目貫き([刀剣のつかに付ける装飾金具])が堪えるまで斬り合って、腹を切れ」と叫んで、腹巻([鎧の一])を取って肩に投げ掛け、二十四本差した箙([矢を入れて右腰に付ける武具])と、繁藤([重籐]=[弓のつか)を黒漆 塗りにし、その上を籐で強く巻いたもの])の弓を引っ提げて、門の上の櫓へ走り上がり、中差し([征矢])を取って番い、狭間([城の天守や櫓の壁面、塀などに開けてある防御用の穴や窓])の板を八文字に開いて、「なんと大勢でやって来たことよ。我らに手柄を立てさせるためか。そもそも討っ手の大将は何と申す人ぞ。近付いて矢の一つも受けて見よ」と言うままに、十二束三伏の矢を、十分に弓を引き絞り、ぱっと矢を放ちました。矢は真っ前をに進んでいた狩野下野前司の若党で、衣摺助房と申す者の兜の真っ向から、鉢付けの板([兜かぶとの鉢に取り付けるしころの一枚目の板])まで、矢先深く射通し、馬よりさかさまに射落としました。


続く


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by santalab | 2015-11-20 18:45 | 太平記 | Comments(0)

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