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「太平記」南都北嶺行幸の事(その3)

また同じき五月二十七日に、比叡山ひえいさん行幸ぎやうがう成つて、大講堂だいかうだう供養くやうあり。かの堂とまうすは、深草の天皇てんわうの御ぐわん大日遍照だいにちへんぜう尊像そんざうなり。中頃造営ざうえいの後、いまだ供養を遂げずして、星霜せいざうすでに積もりければ、いらか破れては霧不断のかうを焚き、とぼそ落ちては月常住じやうぢゆともしびを挑ぐ。されば満山まんさん歎いて年を経るところに、たちまちに修造しゆざうの大功を遂げられ、すみやかに供養の儀式を調へ給へしかば、一山いつさん眉を開き、九院きうゐんかうべかたぶけり。御導師だうし妙法院めうほふゐん尊澄そんちよう法親王ほふしんわう咒願じゆぐわんは時の座主ざす大塔おほたふ尊雲そんうん法親王ほふしんわうにてぞおはしける。




また同じ元徳二年(1330)五月二十七日には、比叡山に行幸されて、大講堂で供養をされました。かの堂と申すのは、深草の帝(第五十四代仁明天皇)の御願、大日遍照(大日如来)の尊像が安置されていました。中頃造営の後、いまだ供養を遂げず、星霜([年月])は積もり、甍は破れて霧に紛れて不断の香を焚き、扉は落ちて月が常住の燈のように照らしました。こうして山全体は悲しみ年を経ましたが、たちまちに修造([修復])の大功を遂げられて、すみやかに供養の儀式を調えられて、一山は眉を開き([心配ごとがなくなって安心する])、九院([比叡山にある九つの主要な堂塔。一乗止観院・定心院・総持院・四王院・戒壇院・八部院・山王院・西塔院・浄土院])は感謝しました。導師は妙法院(現京都市東山区にある寺)の尊澄法親王(宗良むねよし。第九十六代後醍醐天皇の皇子)、咒願([祈願文を読む僧])は時の座主大塔(高野山金剛峰寺の根本大塔)の尊雲法親王(護良もりよし親王)でした。


続く


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by santalab | 2015-11-21 21:10 | 太平記 | Comments(0)

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