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「太平記」主上御没落笠置事(その1)

去るほどに類火るゐくわ東西より吹かれて、余煙皇居くわうきよに懸かりければ、主上を始めまゐらせて、宮々・卿相けいしやう雲客うんかく、皆徒歩裸足なるていにて、いづくを指すともなく足に任せて落ち行き給ふ。この人々、始め一二ちやうがほどこそ、主上を助け参らせて、前後に御伴をも申されたりけれ。雨風烈しく道暗うして、敵の鬨の声ここかしこに聞こへければ、次第に別々べちべちになつて、後にはただ藤房ふぢふさ季房すゑふさ二人ににんより外は、主上の御手を引き参らする人もなし。かたじけなくも十善じふぜんの天子、玉体を田夫野人でんぷやじんの形に替へさせ給ひて、そことも知らず迷ひ出でさせ給ひける、御有様こそ浅ましけれ。如何にもして、夜の内に赤坂の城へと御心許りを尽くされけれども、仮りにもいまだ習はせ給はぬ御歩行ほかうなれば、夢路ゆめぢをたどる御心地して、一足には休み、二足には立ち止まり、昼は道のそばなる青塚おをつかの陰に御身を隠させ給ひて、寒草かんさうおろそかなるを御座のしとねとし、夜は人も通はぬ野原のばらの露に分け迷はせ給ひて、羅穀らこくの御袖を干し敢へず。




やがて類火([他から燃え移った火事])が東西より吹かれて、余煙が皇居に懸かれば、主上(第九十六代後醍醐天皇)をはじめ、宮々・卿相([大臣・納言・参議・三位以上の者])・雲客([殿上人])は、皆徒歩裸足のような有様で、どこを指すともなく足に任せて落ちて行きました。この人々は、はじめの一二町ばかり、主上を助けられて、前後に御伴に付いておりました。雨風激しく道は暗く、敵の鬨の声がここかしこに聞こえて、次第に別々になって、後にはただ藤房(万里小路藤房)・季房(万里小路季房。藤房の弟)二人のほかに、主上の手を引く人もいませんでした。畏れ多くも十善の天子の、玉体を田夫野人([教養がなく、礼儀を知らない粗野な人])姿に替えて、そことも知らず迷い出られた、有様こそ浅ましいものでした。どうにかして、夜の内に赤坂城(現大阪府南河内郡千早赤阪村にあった山城)へと心ばかり尽くされましたが、仮にもいまだ習われぬ歩行でしたので、夢路をたどる心地にして、一足には休み、二足には立ち止まり、昼は道の傍の青塚(無縁塚)の陰に身を隠し、寒草([枯れた草])をわずかに御座の茵([敷物])とし、夜は人も通わぬ野原の露に分けて、羅穀([羅紗=起毛させた厚地の毛織物・穀紗=透けるように粗く織った絹織物])の袖は乾く隙もありませんでした。


続く


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by santalab | 2015-11-21 21:29 | 太平記 | Comments(0)

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