Santa Lab's Blog


「太平記」主上御没落笠置事(その3)

山城の国の住人ぢゆうにん深須みすの入道・松井蔵人くらんど二人ににんは、この辺の案内者なりければ、山々峰々峯々残る所なく捜しける間、皇居くわうきよ隠れなく尋し出でさせ給ふ。主上誠に怖しげなる御気色にて、「なんぢら心ある者ならば、天恩をいただいて私の栄華えいぐわを期せよ」と仰されければ、さしもの深須の入道にはかに心変じて、あはれこの君を隠し奉つて、義兵を揚げばやと思ひけれども、跡に続ける松井が所存知り難かりける間、事の漏れ易くして、道の成り難からん事を量つて、黙止もだしけるこそうたてけれ。にはかの事にて網代あじろの輿だになかりければ、張り輿の怪しげなるに助け乗せまゐらせて、先づ南都の内山うちやまへ入れ奉る。そのていただいんたう夏台かだいとらはれ、越王ゑつわう会稽くわいけいかうせし昔の夢に異ならず。これを聞きこれを見る人毎に、袖を濡らさずと言ふ事なかりけり。




山城国の住人、深須入道・松井蔵人の二人は、この辺りを熟知していましたので、山々峰々峯々残る所なく捜すと、皇居が隠れなく尋し出されました。主上(第九十六代後醍醐天皇)はまこと恐ろしげな表情で、「お前たちよ心ある者ならば、天恩を戴いてわたしの栄華に期せよ」と申されたので、さすがの深須入道もにわかに心変わりして、なんとかこの君を隠して、義兵を上げようと思いましたが、後に続く松井がどう思うか知り難く、事の漏れ易く、道のなり難いであろうことを慮って、何も答えませんでしたが情けのないことでした。急なことでしたので網代の輿([竹やひのきの網代を屋根や両わきに張り、黒塗りの押し縁つけた輿。近世、親王・摂家せつけ清華家せいがけで常用した])さえなくて、張り輿([屋形と左右の両側を畳表で張り、押し縁を打った略式の輿])の粗末なものに乗せて、まず南都の内山(?)に入れられました。その有様はまるで殷の湯(湯王)が夏台([中国夏王朝の桀王によって築かれた牢獄])に囚われ、越王(勾踐こうせん)が会稽山(現浙江省紹興市南部に位置する山)で呉王夫差ふさに下った昔の夢に異なりませんでした。これを聞きこれを見る人毎に、袖を濡らないことはありませんでした。


続く


[PR]
by santalab | 2015-11-22 08:52 | 太平記 | Comments(0)

<< 「太平記」主上御没落笠置事(その4)      「太平記」主上御没落笠置事(その2) >>

Santa Lab's Blog
by santalab
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
さらに付け加えますと、こ..
by 八島 守 at 09:03
おそらく「国民文庫」だと..
by santalab at 21:09
こんにちは。今日はSan..
by 佐藤綾乃 at 18:44
返歌 草枕…に因んで短歌..
by 井上勇 at 23:54
ただおし出づるままに の..
by SiNa at 21:40
「義経記」の御紹介記事を..
by Magohati38 at 02:04
すばらしいサイト おかげ..
by johsei1129 at 23:54
青き花咲く大地 気高き..
by 北朝鮮の水爆に十神山も激怒 at 02:50
全然現代語訳できてない
by あ at 02:04
 その島根県(旧出雲国東..
by 民俗学者 at 23:34
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧