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「太平記」主上御没落笠置事(その6)

翌日竜駕りようがを廻らして六波羅へ成しまゐらせんとしけるを、前々さきざき臨幸の儀式ならでは還幸くわんかうなるまじき由を、強ひて仰せ出だされける間、無力鳳輦ほうれんを用意し、袞衣こんい調進てうしんしけるあひだ、三日まで平等院びやうどうゐんに御逗留とうりうあつてぞ、六波羅へは入り給ひける。日来の行幸ぎやうがうに事替へて、鳳輦は数万すまんの武士に打ち囲まれ、月卿雲客げつけいうんかくは怪しげなるかご・輿・伝馬てんまに助け乗せられて、七条をひんがし河原かはらを上りに、六波羅へと急がせ給へば、見る人涙を流し、聞く人心を痛ましむ。悲しいかな昨日きのふ紫宸北極ししんほつきよくの高きに坐して、百司ひやくし礼儀のよそほひをつくろひしに、今は白屋はくをく東夷の賎しきに下らせ給ひて、万卒ばんそつ守禦しゆぎよの厳しきに御心を悩ませる。時移り事去り楽しみ尽きて悲しみ来たる。天上てんじやう五衰ごすゐ人間の一炊いつすゐ、ただ夢かとのみぞ思えたる。




翌日竜駕([天子が乗用する車])を廻らして六波羅へ入れられようとしましたが、前々の例に倣い臨幸の儀式なくては還幸ならぬと、強く申されたので、仕方なく鳳輦([屋根に鳳凰の飾りのある天子の車。天皇の正式な乗り物])を用意し、袞衣([唐風の天皇衣装])を調進する間、三日間平等院(現京都府宇治市にある寺院)に逗留の後、後醍醐天皇(第九十六代天皇)は六波羅へ入られました。日来の行幸とは打って変わって、鳳輦は数万の武士に打ち囲まれ、月卿雲客([公卿と殿上人])は怪しげな篭・輿・伝馬([公用の人や荷物の継ぎ送りに当たった馬])に乗せられて、七条を東へ河原を上り、六波羅へと急がせると、見る人は涙を流し、聞く人心を痛めました。悲しいことに昨日までは紫宸北極(紫宸殿の御階みはし)の高みに座して、百司が礼を尽くしておりましたのに、今は白屋([粗末な家])に東夷([無骨で粗野な東国武士])の賎しい者どもに下されて、万卒の守禦([禦]=[防ぐ])の厳しさに心を悩ませるのでした。時移り事は去り楽しみ尽きて悲しみ来たる。天上の五衰([天人の死に際して現れるという五種の衰えの相])人間の一炊([一炊の夢]=[人の世界での繁栄は儚いということのたとえ])も、またたく間の夢のように思われました。


続く


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by santalab | 2015-11-22 09:38 | 太平記 | Comments(0)

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