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「太平記」先帝船上臨幸事(その4)

このこのていにては人の怪しめまうすべきうへ駕輿丁かよちやうもなかりければ、御輿をば被停て、悉くも十善の天子、みづか玉趾ぎよくし草鞋さうあいちりけがして、自ら泥土でいどの地を踏ませ給ひけるこそ浅ましけれ。頃は三月二十三日の事なれば、月待つほどの暗き夜に、そことも不知遠き野の道を、たどりて歩ませ給へば、今は遥かに来ぬらんと被思食たれば、あとなる山は未だ滝の響きのほのかに聞こゆるほどなり。もし追つ懸けまゐらする事もやあるらんと、恐ろしく思し召しければ、一足もさきへと御心許りは進めども、いつ習はせ給ふべき道ならねば、夢路ゆめぢをたどる心地して、ただ一所にのみ休らはせ給へば、こはいかがせんと思ひわづらひて、忠顕ただあき朝臣、御手を引き御腰をして、今夜こよひいかにもして、湊の辺までと心遣り給へども、心身共に疲れ果てて、野径やけいの露に徘徊はいくわいす。




この姿では人が怪しむ上、駕輿丁([高貴な人物の載る駕輿がよ=鳳輦や輿。を担ぐことを主たる任務とした下級職員])もいませんでしたので、輿を止めて、悉くも十善の天子が、自ら玉趾を草鞋([わらじ])の塵に汚されて、泥土の地を踏まれましたが畏れ多いことでした。頃は三月二十三日のことでしたので、月を待つほどの暗い夜に、そことも知らぬ遠い野の道を、たどるように歩まれて、今は遥かに来たと思われましたが、後ろの山はまだ滝の響きがほのかに聞こえるほどでした。もしや追っ懸け参らせることもあろうかと、恐ろしく思われて、一足も前へと心ばかりは逸りましたが、いつ習われた歩みでもなく、夢路をたどるような心地がして、ただ一所に休まれました、これはどうにかしなくては思い煩って、忠顕朝臣(千種忠顕)は、主上(第九十六代後醍醐天皇)の手を引き腰を押して、今夜のうちにどうにかして、湊の辺までたどり付こうと気ばかり急かされて、心身ともに疲れ果てて、野径の露に濡れながら歩き続けました。


続く


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by santalab | 2015-11-22 10:32 | 太平記 | Comments(0)

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