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「太平記」先帝船上臨幸事(その5)

夜いたく深けにければ、里遠からぬ鐘のこゑの、月にくわして聞こへけるを、道しるべにたづね寄りて、忠顕ただあき朝臣ある家の門を叩き、「千波ちぶりの湊へはいづ方へ行くぞ」と問ひければ、内より怪しげなるをのこ一人出で向かひて、主上の御有様を見進まゐらせけるが、心なき田夫野人でんぶやじんなれども、何となく痛はしくや思ひ進らせけん、「千波の湊へはこれよりわづかに五十町ごじつちよう許り候へども、道南北へ分れていかさま御迷ひさふらひぬと存じ候へば、御道しるべ仕り候はん」とまうして、主上を軽々と負ひ進らせ、程なく千波の湊へぞ着きにける。ここにて時打つつづみの声を聞けば、夜は未だ五更ごかうの初めなり。この道の案内者仕りたる男、甲斐甲斐しく湊のうちを走りまはつて、伯耆はうきの国へ漕ぎ戻る商人舟あきんどぶねのありけるを、兎角とかう語らひて、主上を屋形の内に乗せ進らせ、その後いとま申してぞ止まりける。この男まことに唯人ただびとに非ざりけるにや、君御一統ごいつとうの御時に、もつとも忠賞ちゆうしやうあるべしと国中を被尋けるに、我こそそれにて候へと申す者つひになかりけり。




夜はたいそう更けて、里からさほど遠くない鐘の声が、月の出に合わせて聞こえました、道しるべにと里に尋ね寄り、忠顕朝臣(千種忠顕)はある家の門を叩き、「千波の湊(知夫里島。現島根県隠岐郡知夫村)へはどちらへ行けばよいのだ」と訊ねると、内から怪しげな男が一人出で来て、主上の有様を見ていましたが、心ない田夫野人でさえも、何となく痛わしく思ったのか、「千波の湊へはこれよりわずか五十町(約5km)ばかりでございますが、道は途中で南北へ分れておりますればきっと迷われることでございましょう、道しるべいたします」と申して、主上(第九十六代後醍醐天皇)を軽々と背負い、ほどなく千波の湊に着きました。ここにて時を打つ鼓の声を聞けば、夜はまだ五更([午前三時頃])の初めでした。この道の案内をした男は、甲斐甲斐しく湊の中を走り回って、伯耆国へ漕ぎ戻る商人舟を見つけて、うまく言って、主上を屋形の内に乗せると、その後別れを申して去って行きました。この男はまこと唯人ではなかったのか、君が一統([統一])の御時に、もっとも忠賞あるべきと国中を捜しましたが、我こそその者だと申す者は遂に見つかりませんでした。


続く


by santalab | 2015-11-22 10:36 | 太平記

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