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「太平記」先帝船上臨幸事(その6)

夜もすでに明けければ、舟人ふなうどともづなを解いて順風に帆を揚げ、湊の外に漕ぎ出だす。船頭主上の御有様を見奉つて、唯人にては渡らせ給はじとや思ひけん、屋形のまへに畏つてまうしけるは、「加様かやうの時御船を仕つて候ふこそ、我らが生涯の面目にて候へ、いづくの浦へ寄せよと御定ごぢやうに随ひて、御舟のかぢをば仕り候ふべし」と申して、まことに他事もなげなる気色なり。忠顕ただあき朝臣これを聞き給ひて、隠しては中々悪しかりぬと思はれければ、この船頭を近く呼び寄せて、「これほどに推し当てられぬるうへは何をか隠すべき、屋形のうちに御座あるこそ、日本国の主、悉くも十善じふぜんの君にて入らせ給へ。なんぢらも定めて聞き及びぬらん、去年より隠岐の判官がたちに被押篭て御座ありつるを、忠顕盜み出だしまゐらせたるなり。出雲・伯耆はうきの間に、いづくにてもさりぬべからんずるとまりへ、急ぎ御舟を着けてろし進らせよ。御運開けば、必ず汝をさぶらひに申し成して、所領一所しよりやういつしよの主に成すべし」と被仰ければ、船頭まことに嬉しげなる気色にて、取梶とりかぢ面梶おもかぢ取り合はせて、片帆かたほにかけてぞ馳せたりける。




夜もすでに明けて、舟人は艫綱([船尾にあって船を陸に繋ぎ止める綱])を解いて順風に帆を上げ、湊の外に漕ぎ出しました。船頭は主上の有様を見て、只人ではないと思ったのか、屋形の前に畏って申すには、「このような機会に我が舟にお乗りになられたことは、我らの一生涯の面目でございます、いずくの浦へ寄せよとの命に従い、舟の梶を取らせていただきます」と申して、ほかには何も聞きませんでした。忠顕朝臣(千種忠顕)はこれを聞いて、隠してはよくないと思い、この船頭を近く呼び寄せて、「おそらくどなたか分かっておろう何も隠すまい、屋形の内におられるお方こそ、日本国の主、悉くも十善の君(第九十六代後醍醐天皇)であられる。お前たちもきっと聞いておろう。去年より隠岐判官(佐々木清高きよたか)の館に押し籠められておられたのを、この忠顕が盜み出し参らせた。出雲・伯耆の間に、どこであろうと安全な泊に、急ぎ舟を着けて下ろし参らせよ。運が開けば、必ずお前たちを侍に申しなして、所領一所の主にしてやろう」と申せば、船頭まことにうれしそうな表情で、取梶([左舵])・面梶([右舵])を取り合わせて、片帆([ 横風を受けて帆走するとき、風をはらませるために、帆を一方に傾けて張ること])に風を受けて舟を急がせました。


続く


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by santalab | 2015-11-22 10:43 | 太平記 | Comments(0)

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