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「太平記」先帝船上臨幸事(その7)

今は海上かいじやう二三十里にさんじふりも過ぎぬらんと思ふところに、同じ追ひ風に帆懸けたる舟十艘計り、出雲・伯耆を指して馳せ来たれり。筑紫舟つくしぶね商人舟あきんどぶねかと見れば、さもあらで、隠岐の判官清高きよたか、主上を追ひ奉る舟にてぞありける。船頭これを見て、「かくては叶ひ候ふまじ、これに御隠れ候へ」とまうして、主上と忠顕ただあき朝臣とを、舟底に宿しまゐらせて、その上に、相物あひものとて乾したるうをの入りたるたはらを取り積んで、水手すゐしゆ梶取かんとりそのそのうへに立ち並んで、櫓をぞ押したりける。去るほどに追ひ手の舟一艘いつさう、御座舟に追つ付いて、屋形のうちに乗り移り、ここかしこ捜しけれども、見出だし奉らず。「さてはこの舟には召さざりけり。もし怪しき舟やとほりつる」と問ひければ、船頭、「今夜のの刻計りに、千波ちぶりの湊を出でさふらひつる舟にこそ、京上臈きやうじやうらふかと思しくて、かぶりとやらん着たる人と、立烏帽子たてゑぼし着たる人と、二人ににん乗らせ給ひて候ひつる。その舟は今は五六里も先き立ち候ひぬらん」と申しければ、「さては疑ひもなき事なり。早や、舟を押せ」とて、帆を引きかぢなほせば、この舟はやがて隔たりぬ。




今は海上を二三十里も過ぎたと思うところに、同じ追い風に帆を懸けた舟が十艘ばかり、出雲・伯耆を指して馳せ来ました。筑紫舟([筑紫方面へ往来する船])かはたまた商人船かと見れば、そうではなく、隠岐判官清高(佐々木清高)が、主上(第九十六代後醍醐天皇)を追いかける舟でした。船頭はこれを見て、「こうなっては逃れられぬ、ここにお隠れになってくだされ」と申して、主上と忠顕朝臣(千種忠顕)を、舟底に入れると、その上に、相物([塩魚や干し魚類の総称])といって干した魚が入った俵を積んで、水手・梶取がその上に立ち並んで、櫓を押しました。やがて追っ手の舟が一艘、御座舟に追い付いて、屋形の中に乗り移り、ここかしこを捜しましたが、見付けることができませんでした。「さてはこの舟には乗っておられぬか。もしや怪しい舟が通らなかったか」と訊ねると、船頭は、「今夜の子の刻([午前零時頃])ほどに、千波の湊(知夫里島。現島根県隠岐郡知夫村)を出で行った舟こそ、京上臈と思われて、冠を付けた人と、立烏帽子をかぶった人、二人乗っておられました。その舟は今は五六里も先を進んでおりましょう」と申したので、「さては疑いもないことよ。早や、舟を押せ」と申して、帆を引き梶を取り直せば、この舟はやがて離れて行きました。


続く


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by santalab | 2015-11-22 10:48 | 太平記 | Comments(0)

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