Santa Lab's Blog


「太平記」先帝船上臨幸事(その9)

六条ろくでうの少将忠顕朝臣ただあきあそん一人先づ舟より下り給ひて、「この辺にはいかなる者か、弓矢取つて人に被知たる」と問はれければ、道行く人立ち休らひて、「この辺には名和なわの又太郎長年ながとしまうす者こそ、その身指して名ある武士にては候はねども、いへ富み一族広うして、心がさある者にて候へ」とぞ語りける。忠顕朝臣よくよくその子細をたづね聞いて、やがて勅使を立てて被仰けるは、「主上隠岐の判官がたちを御逃げあつて、今この湊に御坐あり。長年が武勇兼ねて上聞しやうぶんに達せし間、御憑みあるべき由を被仰出なり。憑まれまゐらせ候ふべしやいなや、すみやかに勅答可申」とぞ被仰たりける。名和の又太郎は、折節をりふし一族ども呼び集めて酒飲うで居たりけるが、この由を聞いて案じわづらうたる気色にて、ともかくも申し得ざりけるを、舎弟小太郎左衛門さゑもんじよう長重ながしげ進み出でて申しけるは、「いにしへより今に至るまで、人の望むところは名と利との二つなり。我ら悉くも十善じふぜんの君に被憑進らせて、かばねを軍門に曝すとも名を後代こうだいに残さん事、生前しやうぜんの思ひ出、死後の名誉たるべし。ただ一筋ひとすぢに思ひ定めさせ給ふより外の儀あるべしとも存じ候はず」と申しければ、又太郎を始めとして当座たうざに候ひける一族ども二十にじふ余人、皆この儀に同じてけり。「さればやがて合戦の用意候ふべし。定めて追ひ手もあとより懸かり候ふらん。長重ながしげは主上の御迎ひにまゐつて、すぐに船上山ふなのうへやまへ入れまゐらせん。かたがたはやがて打つ立つて、船上へ御参候ふべし」と云ひ捨てて、鎧一縮いつしゆくして走り出でければ、一族五人腹巻取つて投げ懸け投げ懸け、皆高紐たかひぼ締めて、共に御迎ひにぞ参じける。




六条少将忠顕朝臣(千種忠顕)は一人まず舟より下りて、「この辺には何者か、弓矢を取って人に名を知られる者があるか」と訊ねると、道行く人は立ち止まり、「この辺では名和又太郎長年(名和長年)と申す者こそ、大して名のある武士ではありませんが、家は裕福で一族は多く、心がさ(心嵩?)のある者でございます」と答えました。忠顕朝臣はよくよくその子細を訊ね聞いて、やがて勅使を立てて申すには、「主上(第九十六代後醍醐天皇)は隠岐判官(佐々木清高きよたか)の館をお逃げになられて、今はこの湊におられる。長年の武勇を兼ねてお聞きになられ、頼みにせよとの仰せである。頼まれるか否か、すみやかに勅答申すべし」と申しました。名和又太郎(長年)は、ちょうど一族どもを呼び集めて酒を飲んでいましたが、これを聞いて思い悩む風で、ともかくも申しませんでしたが、弟の小太郎左衛門尉長重が進み出て申すには、「古より今に至るまで、人の望むところは名と利の二つです。我らが悉くも十善の君([天子])に頼み申されて、たとえ屍を軍門に晒すとも名を後代に残すことこそ、生前の思い出、死後の名誉ではございませんか。ただ一筋に思い定めるほかに何がありましょう」と申せば、又太郎をはじめとして当座にいた一族ども二十余人は、皆この儀に同意しました。「ならばすぐに合戦の用意をしよう。きっと追っ手も後より攻めて来よう。長重は主上のお迎えに参って、すぐに船上山(現鳥取県東伯郡琴浦町)にお入れする。方々はすぐに打ち立って、船上へ参られよ」と言い捨てて、鎧を一縮([鎧や武具に身をかためること])して走り出せば、一族五人は腹巻を取って投げ懸け投げ懸け、皆高紐([鎧の胴の綿上わたがみと胸板とをつなぐ紐])を締めて、ともに迎えに参りました。


続く


[PR]
by santalab | 2015-11-22 10:56 | 太平記 | Comments(0)

<< 「太平記」先帝船上臨幸事(その10)      「太平記」先帝船上臨幸事(その8) >>

Santa Lab's Blog
by santalab
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
ただおし出づるままに の..
by SiNa at 21:40
「義経記」の御紹介記事を..
by Magohati38 at 02:04
すばらしいサイト おかげ..
by johsei1129 at 23:54
青き花咲く大地 気高き..
by 北朝鮮の水爆に十神山も激怒 at 02:50
全然現代語訳できてない
by あ at 02:04
 その島根県(旧出雲国東..
by 民俗学者 at 23:34
うーん、松島からまた仙台..
by 五十嵐洋(秋田県大館市) at 00:51
「下野の室の八嶋にて待て..
by 八島 守 at 12:03
ひょんな事から、このブロ..
by yoshy at 18:50
すみません、日本語の起源..
by 春日 at 21:17
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧