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「太平記」最勝講之時闘諍に及ぶ事(その2)

中にも一心坊の越後の注記は、南都若大衆の持つたる四尺ししやく八寸の太刀を引き奪うて、我一人の大事と切つてまはりけるに、奈良法師切り立てられ、村雲立つて見へけるところに、手掻てんがいの侍従房ただ一人踏み止まりて、一足も引かず、をめき叫んで切り合ひたり。追ひ廻し追ひ靡け、時移るほど戦ひけるに、山門の衆徒、始めは小勢にてしかも無用意ぶよういなりける間、敵ふべくも見えざりけるが、山徒の召し使ふ中方ちゆうはうの者ども、太刀・長刀の切つ先を揃へ、四脚よつあしの門より込み入つて、縦横無碍じゆうわうむげに切つて廻りしかば、南都の大衆は大勢なりといへども、こらへ兼ねて、北の門より一条大路いちでうのおほぢへ、白雲の風に渦巻くが如くにぞ、たなびき出でたりける。されば南庭の白砂しらすの上には、手蓋てんがいの侍従を始めとして、宗との衆徒八人まで、かばねを並べて切り臥せらる。山門方にも手負ひ数多あまたありけり。半死半生の者どもを、戸板・楯なんどに乗せて、掻き連ねたる有様、前代未聞の事どもなり。浅ましいかな、紫宸北闕ししんほくけつの雲の上、玄圃茨山げんほしざんの月の前には、霜剣さうけんの光すさまじくして、干戈かんくわにはとなりしかば、御溝ぎよこうの水もくれなゐを流し、着座の公卿大臣も束帯悉くあけの色に染めなして、呆れ給ふばかりなり。さしもこれほどの騒動なりしかども、主上しゆしやうはこれにも騒がせ給ふ御事もなく、手負ひ・死人どもを取り捨てさせ、血を洗ひ清めさせ、席を改めさせられて、最勝講をば子細なく遂行されけるとかや。これすなはち厳重げんぢゆうの御願、天下の大会だいゑたるに、かかる不思議出で来ぬれば、公私に付き不吉の前相ぜんさうかなと、人皆物を待つ心地ぞせられける。




中でも一心坊の越後の注記は、南都([奈良])の若大衆が持っていた四尺八寸の太刀を引き奪って、我一人の大事と切って廻りました、奈良法師は切り立てられて、逃げ集まっていましたが、手掻([刀工])の侍従房ただ一人だけは踏み止まって、一足も引かず、喚き叫んで切り合いました。追い廻し追い散らし、時移るほど戦って、山門(比叡山)の衆徒は、はじめは小勢でしかも無用意でしたので、敵うべくとも見えませんでしたが、山徒が召し使う中方([堂衆])の者どもが、太刀・長刀の切っ先を揃え、四脚の門より乱れ入って、縦横無碍([妨げるものがなく、自由自在である様])に切って廻ったので、南都の大衆は大勢でしたが、堪えかねて、北の門より一条大路へ、白雲が風に渦巻くようにして、出て行きました。こうして南庭の白砂の上には、手蓋の侍従をはじめとして、主な衆徒八人が、屍を並べて切り臥せられていました。山門方にも手負いが数多くいました。半死半生の者どもを、戸板・楯などに乗せて、掻き連ねたる有様は、前代未聞のことでした。浅ましことでした、紫宸北闕(紫宸殿の正面)の雲の上、玄圃([崑崙こんろん山の上にあるという 仙人の住む所])茨山(?)の月の前には、霜剣([冷たく光る鋭い剣])の光すさまじくして、干戈([武器])で争う庭となって、御溝の水も紅を流し、着座の公卿大臣も束帯を残らず朱に染めて、ただ呆れるばかりでした。これほどの騒動にも関わらず、主上(第九十七代後村上天皇)はこれにも騒がせることなく、手負い・死人どもを取り捨てさせ、血を洗い清めさせ、席を改めさせて、最勝講を滞りなく遂行されたとか。これはすなわち厳重の御願、天下の大会にも関わらず、このような不思議が起こったので、公私に不吉が起こる前相([前兆])かと、人は皆何かを待つような気がしました。


続く


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by santalab | 2015-11-25 08:17 | 太平記 | Comments(0)

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