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「太平記」奥州国司顕家卿並新田徳寿丸上洛の事(その4)

ここに国司の兵に、長井ながゐの斉藤別当実永さねながと云ふ者あり。大将の前に進み出でてまうしけるは、「いにしへより今に至るまで、河を隔てたる陣多けれども、渡して勝たずと云ふ事なし。たとひ水増して日来より深くとも、この川宇治・勢多・藤戸ふぢと・富士川に勝る事はよもあらじ。敵に先づ渡されぬ先に、こなたより渡つて、気をたすけて戦ひを決し候はんに、などか勝たで候ふべき」と申しければ、国司、「合戦の道は、勇士に任するにしかず、ともかくも計らふべし」とぞのたまひける。実永さねながおほきに悦びて、馬の腹帯はるびを固め、兜のを締めて、渡さんと打ち立ちけるを見て、いつもいくさの先を争ひける部井へゐの十郎・高木三郎、少しも前後を見つくろはず、ただ二騎馬をさつと打ち入れて、「今日のいくさの先懸け、後に論ずる人あらば、河伯水神かはくすゐじんに向かつて問へ」と高声かうじやうに呼ばはつて、箆橈形のためかたに流れを急いてぞ渡しける。




ここに国司(北畠顕家あきいへ)の兵に、長井斉藤別当実永(長井実永)という者がいました。大将(顕家)の前に進み出て申すには、「古より今にいたるまで、川を隔てての戦は多くございましたが、川を渡らずに勝った戦はございません。たとえ水嵩が増して日来より深くとも、この川が宇治・勢多(勢田)・藤戸(現岡山県倉敷市藤戸。治承・寿永の乱における戦いの一)・富士川に勝ることがありましょうか。敵に先に渡される前に、こちらから渡り、命を懸けて戦いを決すれば、どうして勝たないことがありましょう」と申せば、国司(顕家)は、「合戦は、勇士に任せるべき、やってみよ」と申しました。実永はたいそうよろこんで、馬の腹帯([馬に唐鞍を置くとき,腹帯の上に飾りとしてつける錦包みの大帯])を固め、兜の緒を締めて、渡ろうと打ち立つのを見て、いつも軍の先を争う部井十郎(田部井重邦しげくに)・高木三郎は、少しも躊躇せず、ただ二騎馬をさっと川に打ち入れて、「今日の軍の先懸けを、後に物申す人あらば、河伯水神([河童])に訊ねるがよい」と大声で叫んで、箆橈形([斜め])に急ぎ渡りました。


続く


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by santalab | 2015-11-25 18:23 | 太平記 | Comments(0)

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