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「太平記」無礼講の事付玄恵文談の事(その2)

その交会遊宴かうぐわいいうえんてい見聞耳目けんもんじぼくを驚かせり。献盃けんはいの次第、上下を云はず、をのこ烏帽子ゑぼしを脱いでもとどりを放ち、法師は衣を不着して白衣びやくえになり、年十七八なるをんなの、盻形みめかたちいうに、はだへ殊に清らかなるを二十余人にじふよにんすずしひとへ計りを着せて、しやくを取らせければ、雪の膚透きとほりて、大液たいえき芙蓉ふよう新たに水を出でたるに異ならず。山海の珍物を尽くし、旨酒ししゆいづみの如くにたたへて、遊びたはぶれ舞ひ歌ふ。そのあひだにはただ東夷を可亡くはだての外は他事なし。その事となく、常に会交くわいがうせば、人の思ひとがむる事もやあらんとて、事を文談に寄せんが為に、その頃才覚無双さいかくぶさうの聞こへありける玄恵法印げんゑほふいんと云ふ文者ぶんじやしやうじて、昌黎文集しやうれいぶんじふの談義をぞ行はせける。




その交会遊宴というのは、見聞耳目を驚かすものでした。献盃([相手に杯を差し出して敬意を表すこと])は、上下構わず、男は烏帽子を脱いで髻を放ち、法師は衣を着ずして白衣になって、年十七八ばかりの女の、見目容姿美しく、膚がたいそう清らかなる者を二十余人、褊([生絹])の単ばかりを着せて、酌を取らせたので、雪の膚が透き通って、まるで太液池の芙蓉([蓮])が水から出たようでした。山海の珍物を尽くし、旨酒を泉の如く湛えて、遊び戯れ舞い歌うのでした。その間にはただ東夷([無骨で粗野な東国武士])を亡ぼす企てのほかは何もありませんでした。それでなくとも、常に会交すれば、人が何かと言うこともあろうかと、文談([学問や道理などについて語ること])を装って、その頃才覚無双の聞こえがあった玄恵法印([ 南北朝時代の天台宗の僧・儒学者])を招いて、昌黎文集(『韓昌黎集』。中国唐中期を代表する文人、韓愈かんゆ著)の談義を行なわせました。


続く


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by santalab | 2015-11-26 22:28 | 太平記 | Comments(0)

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