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「太平記」無礼講の事付玄恵文談の事(その3)

かの法印謀反のくはだてとは夢にも不知、会合の日毎に、その席に臨んでげんを談じ理をひらく。かの文集ぶんじふの中に、「昌黎赴潮州」と云ふ長篇有り。このところに至つて、談義を聞く人々、「これ皆不吉の書なりけり。呉子ごし・孫子・六韜りくたう・三略なんどこそ、可然当用たうようの文なれ」とて、昌黎文集の談義を止めてげり。この韓昌黎かんしやうれいまうすは、晩唐ばんたうすゑに出でて、文才優長いうちやうの人なりけり。詩は杜子美としみ李太白りたいはくに肩を双べ、文章は漢・しん・宋のあひだに傑出せり。昌黎が猶子いうし韓湘かんしやうと云ふ者あり。これは文字をもたしなまず、詩篇にもたづさはらず、ただ道士たうじの術を学んで、無為ぶゐげふとし、無事を事とす。ある時昌黎韓湘に向かつて申しけるは、「なんぢ天地のうち化生くわせいして、仁義の外に逍遥せうえうす。これ君子の恥づるところ、小人のもつぱらとするところなり。我常に汝が為にこれを悲しむことせつなりと教訓しければ、韓湘おほきにあざ笑うて、「仁義は大道たいだうすたれたるところに出で、学教がつけう大偽たいぎの起こる時に盛んなり。我無為ぶゐさかひ優遊いういうして、是非の外に自得す。されば真宰しんさいひぢさいて、壺中こちゆうに天地をかくし、造化ざうくわたくみを奪うて、橘裡きつり山川さんせんそばだつ。かへつて悲しむらくは、公のただ古人の糟粕さうはくを甘なつて、空しく一生いつしやう区々くくうちに誤る事を」と答へければ、




かの法印(玄恵法印げんゑほふいん)は謀反の企てをしているとは夢にも思わず、会合の日毎に、その席に臨んで玄([深遠な道理])を談じ理([道理])を説きました。かの文集(『韓昌黎集』)の中に、「昌黎赴潮州」という長篇がありました。このところに至って、談義を聞く人々は、「これに書かれておるのはすべて不吉なことばかりぞ。呉子([中国の兵法書])・孫子([中国の兵法書])・六韜([中国の兵法書])・三略([中国古代の兵法の書])などこそ、当面必要な文であろう」と、昌黎文集の談義を止めてしまいました。韓昌黎(韓愈かんゆ)と申す人は、晩唐の末に世に出て、文才にたいそう優れた人でした。詩は杜子美([杜甫とほ。中国盛唐の詩人])・李太白([李白。中国の盛唐時代の詩人])に肩を並べ、文章は漢・魏・晋・宋を通して傑出していました。昌黎の猶子に韓湘という者がいました。この者は文も愛でず、詩篇([詩])にも興味がなく、ただ道士の術を学んで、無為([何もしないでぶらぶらしていること])を生業とし、事なき事を事としていました。ある時昌黎が韓湘に向かって申すには、「お前は天地の間に化生([形を変えて生まれること])して、仁義のほかは逍遥([気ままにあちこちを歩き回ること])するばかりではないか。これは君子の恥じるところ、小人がひたすら為すことではないか。わたしはお前のことを思ってたいそう悲しんでいるのが分からぬかと教訓すると、韓湘はたいそうあざ笑って、「仁義は大道([仏道])が廃れた世に現れて、学教は大偽が起こる時に盛んです。わたしは無為を好み優遊([暇があってのんびりしていること])することによって、是非([善悪])で計れないものを自得しました。今こうして真宰([仏法を護持する諸天・善神])を捨てて、壺中に天地を隠し、造化([造物主])の工([技])を得て、橘の葉に山川を作ることができるようになったのです。けれども悲しむべくは、公がただ古人の糟粕([よいところを取り去った残り])を舐め、空しく一生を区々([小さくてとるに足りないさま])に気にかけて誤ることなのです」と答えました、


続く


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by santalab | 2015-11-26 22:35 | 太平記 | Comments(0)

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