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「太平記」追奥勢跡道々合戦の事(その5)

この勢また五万余騎国司の跡を追うて、先陣すでに遠江に着けば、その国の守護今川五郎入道、二千余騎にて馳せくははる。中一日ありて三河国に着けば、当国たうごくかみかう尾張をはりの守、六千余騎にて馳せ加はる。また美濃の州俣すのまたへ着けば、土岐とき弾正少弼せうひつ頼遠よりとほ、七百余騎にて馳せ加はる。国司の勢六十万騎さきを急ぎて、将軍を討ち奉らんと上洛しやうらくすれば、高・上杉・桃井もものゐが勢は八万余騎、国司を討たんと跡に付きて追うて行く。「蟷螂たうらう蝉を窺がへば、野鳥やてう蟷螂を窺ふ」と云ふ荘子が人間世じんげんせいの例へ、げにもと思ひ知られたり。




この勢が再び五万余騎で国司(北畠顕家あきいへ)の後を追って、先陣がすでに遠江([現静岡県西部])に着けば、その国の守護今川五郎入道(今川範国のりくに)が、二千余騎で馳せ加わりました。中一日あって三河国([現愛知県東部])に着けば、当国の守かみ護高尾張守(高師直もろなほ。高重茂しげもちの兄)が、六千余騎にて馳せ加わりました。また美濃の州俣城(現岐阜県大垣市)へ着けば、土岐弾正少弼頼遠(土岐頼遠)が、七百余騎で馳せ加わりました。国司(顕家)の勢六十万騎は前を急いで、将軍(室町幕府初代将軍、足利尊氏)を討ち捕ろうと上洛すれば、高(高重茂)・上杉(上杉朝房ともふさ)・桃井(桃井直常ただつね)の勢は八万余騎、国司を討とうと後を追いました。「蟷螂([カマキリ])が蝉を狙えば、野鳥は蟷螂を狙う」と云ふ荘子の人間世のたとえが、なるほどと思い知らされるのでした。


続く


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by santalab | 2015-11-27 20:44 | 太平記 | Comments(0)

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