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「太平記」青野原軍事付嚢沙背水事(その2)

去るほどに奥勢おくぜいの先陣、既に垂井たるゐ・赤坂辺に着きたりけるが、跡より上る後攻ごづめの勢近付きぬと聞こへければ、先づその敵を退治たいぢせよとて、また三里引つかへして、美濃・尾張をはり両国の間に陣を取らずと云ふ処なし。後攻めの勢は八万余騎を五手に分け、前後をくじに取つたりければ、先づ一番に小笠原信濃のかみ・芳賀清兵衛入道禅可二千余騎にて志貴じきの渡しへ馳せ向かへば、奥勢の伊達・信夫しのぶつはものども、三千余騎にて河を渡つて懸かりけるに、芳賀・小笠原散々に駆け立てられて、残り少なに討たれにけり。




やがて奥州勢の先陣は、垂井(現岐阜県不破郡垂井町)・赤坂(現岐阜県大垣市)辺に着きましたが、後より上る後詰め([敵の背後に回って攻めること])の勢近付いていると聞こえたので、まずその敵を退治せよと、また三里引き返して、美濃・尾張両国の間に陣を取りました。後攻めの勢は八万余騎を五手に分け、前後を鬮で決めました、まず一番には小笠原信濃守(小笠原貞宗さだむね)・芳賀清兵衛入道禅可(芳賀高名たかな)が二千余騎で志貴の渡し(?)へ馳せ向かえば、奥州勢の伊達・信夫の兵どもは、三千余騎で川を渡って懸かりましたが、芳賀・小笠原に散々に駆け立てられて、残り少なに討たれました。


続く


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by santalab | 2015-11-28 21:16 | 太平記 | Comments(0)

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