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「太平記」青野原軍事付嚢沙背水事(その3)

二番にかうの大和のかみ三千余騎にて、州俣河すのまたがはを渡るところに、渡しも立てず、相摸次郎時行ときゆき五千余騎にて乱れ合ひ、互ひに笠符かさじるししるべにて組んで落ち、落ち重なつて首を取り、半時計り戦ひたるに、大和の守が憑み切つたる兵三百余人討たれにければ、東西に散靡あらけて山を便りに引き退く。三番に今河五郎入道・三浦新介、阿字賀あじがに打ち出でて、横逢よこあひに懸かるところを、南部・下山・結城ゆふき入道、一万余騎にて懸け合ひ、火出づるほどに戦ひたり。今河いまがは・三浦元来小勢なれば、打ち負けて河より東へ引き退く。




二番には高大和守(高重茂しげもち。高師直もろなほの弟)が三千余騎で、州俣川(長良川)を渡るところに、渡し終わらぬうちに、相摸次郎時行(北条時行)が五千余騎で乱れ合い、互いに笠符を目印にして組んでは落ち、落ち重なって首を取り、半時ばかり戦いました、大和守が頼みにしていた兵が三百余人討たれて、東西に散って山に向かって引き退きました。三番には今河五郎入道(今川範国のりくに)・三浦新介(三浦高継たかつぐ)が、阿字賀(?)に打ち出て、横合い([横手])に懸かるところを、南部・下山・結城入道(結城宗広むねひろ)が、一万余騎にて駆け合い、火が出るほど戦いました。今川(範国)・三浦(高継)は小勢でしたので、打ち負けて川の東へ引き退きました。


続く


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by santalab | 2015-11-28 21:21 | 太平記 | Comments(0)

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