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「太平記」青野原軍事付嚢沙背水事(その4)

四番に上杉民部の大輔・同じき宮内の小輔せう、武蔵・上野の勢一万余騎を率して、青野原あをのがはらに打ち出でたり。ここには新田徳寿丸とくじゆまる・宇都宮の紀清両党三万余騎にてあひ向かふ。両陣の旗の紋皆知りたるつはものどもなれば、後のあざけりをや恥ぢたりけん、互ひに一足も引かず、命をきはに相戦ふ。毘嵐びらんえて大地忽ちに無間獄むげんごくに堕ち、水輪すゐりん涌いて世界悉く有頂天うちやうてんに翻へらんも、かくやと思ゆるばかりなり。されども大敵とりひしくに難ければ、上杉つひに打ち負けて、右往左往うわうさわうに落ちて行く。




四番には上杉民部大輔(上杉憲顕のりあき)・同じく宮内小輔が、武蔵・上野の勢一万余騎を率して、青野原(現岐阜県大垣市)に打ち出ました。ここには新田徳寿丸(新田義興よしおき。新田義貞の次男)・宇都宮の紀清両党([宇都宮氏の家中の精鋭として知られた武士団])三万余騎で向かいました。両陣の旗の紋を皆知っている兵どもでしたので、後の嘲評を恥じたのか、互いに一足も引かず、命の限り戦いました。毘嵐([毘藍婆]=[この世の終わりに拭いて、全てを破壊しつくすとされる、強く激しい暴風])がこの世を終わらせて大地はたちまちに無間獄([無間地獄]=[八大地獄の第八])に墜ち、水輪([四輪しりん=大地の下にあって世界を支えているという四個の大輪。の一])が湧き上がって世界は残らず有頂天([色界の上にある無色界の中で、最上天である非想非非想天ひさうひひさうてん])に舞い上がる様も、このようなものと思えるほどでした。けれども大敵を殲滅させることはできず、上杉(憲顕)に打ち負けて、足利軍は右往左往しながら落ちて行きました。


続く


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by santalab | 2015-11-28 21:25 | 太平記 | Comments(0)

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