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「太平記」青野原軍事付嚢沙背水事(その13)

その聞こへ京都に無隠しかば、将軍おほきに驚き給ひて、急ぎ南都へ大勢を差し下し、「顕家あきいへきやうを遮へぎり留むべし」とて討つ手の評定ありしかども、我向かはんと云ふ人なかりけり。かくては如何と、両将そのを選び給ひけるに、師直もろなほ被申しけるは、「何としてもこの大敵を取りひしがん事は、桃井もものゐ兄弟に勝る事あらじと存じ候ふ。その故は自ら鎌倉退いて経長途を、所々にして戦ひさふらひしに、毎度この兵どもに手痛く当たりて、気を失ひ付けたる者どもなり。その臆病神おくびやうがみの醒めぬ先に、桃井馳せ向かつて、南都の陣を追ひ落とさん事、案の内に候ふ」と被申しかば、「さらば」とて、やがて師直を御使ひにて桃井兄弟にこの由を被仰しかば、直信なほのぶ直常なほつね、子細をまうすに及ばずとて、その日やがて打ち立つて、南都へぞ進発せられける。




その聞こえは京都に隠れなく、将軍(室町幕府第二代将軍、足利尊氏)はたいそう驚いて、急ぎ南都へ大勢を差し下し、「顕家卿(北畠顕家)を防ぎ止めよ」と申して討っ手の評定がありましたが、我が向かうと申す人はいませんでした。こうなってはどうしようもなく、両将その器ある者を選びましたが、師直(高師直)が申すには、「この大敵を取り籠め討つには、桃井兄弟に勝る者はございません。その故は鎌倉退いて長途を経る間に、所々にして戦いがございましたが、毎度この兵どもに手痛く当たって、戦う気を失わせた者どもなのです。その臆病神が醒める前に、桃井を馳せ向かわせ、南都の陣を追い落とすことは、当初から考えていたことです」と申したので、「ならば」と、やがて師直を使いに桃井兄弟にこれを命じると、直信(桃井直信)・直常(桃井直常)は、辞退には及ばずと、その日やがて打ち立って、南都へ進発しました。


続く


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by santalab | 2015-11-29 08:21 | 太平記 | Comments(0)

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