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「太平記」越前牛原地頭自害の事(その2)

戒の師かへつて、時治ときはる女房に向かつてのたまひけるは、「二人の子どもは男子なんしなれば、をさなしとも敵よも命を助けじと思ゆる間、冥途の旅に可伴。御事おこと女性によしやうにてをわすれば、たとひ敵かくと知るとも命を失ひ奉るまでの事は非じ。さてもこの世に在存ながらへ給はば、如何なる人にも相馴あひなれて、憂きを慰む便りに付き可給。なき跡までも心安くてをはせんをこそ、草の陰・苔の下までもうれしくは思ふべけれ」と、泪のうちに掻き口説くどいて聞こへければ、女房いと恨みて、「水に住むをしうつばりに巣食ふ燕も翼を交わす契りを不忘。いはん相馴あひなまゐらせて不覚過ぎぬる十年余ととせあまりの袖の下に、二人の子どもを育てて、千代もと祈りし無甲斐も、御身は今秋の霜の下に伏し、をさなき者どもはあしたの露に先立つて、消え果てなん後の悲しみをへ忍びては、時の間も永らふべき我が身かや。とても思ひに堪へかねば、生きて可有命ならず。同じくは思ふ人と共にはかなく成つて、うづもれん苔の下までも、同穴の契りを忘れじ」と、泪の床に臥ししづむ。




戒の師が帰ると、時治(淡河時治。六波羅探題南方、北条時盛ときもりの子)が女房に向かって申すには、「二人の子どもは男子であるから、たとえ稚くとも敵はよもや助けることはないと思えば、冥途の旅に伴なって行く。お前は女性であるから、たとえ敵がわしの妻だと知っても命を奪うことはあるまい。だからこの世に永らえて、如何なる人の妻となって、悲しみを慰める頼りにせよ。わし亡き後も心安くあらば、草の陰・苔の下でうれしく思うことであろう」と、涙ながらに申せば、女房はたいそう恨んで、「水に住む鴛([オシドリ])、梁に巣食う燕でさえも翼を交わす契りを忘れません。申すまでもありませんが夫婦となってすでに十年余り、二人の子どもを育てて、千代もと祈った甲斐もなく、あなたは今秋の霜の下に臥し、幼い子どもたちは朝の露に先立って、消え果てた後の悲しみを堪え忍んでは、どうして時の間も永ら得る事が出来ましょう。とても悲しみに堪えることが出来るとも思えません、生きて命永らえるとも思えないのです。同じくは思う人とともにはかなくなって、埋もれる苔の下までもと申された、同穴の契り([夫婦が死んで同じ墓穴に葬られること])を忘れてはおりません」と、涙の床に伏し沈みました。


続く


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by santalab | 2015-12-01 12:56 | 太平記 | Comments(0)

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