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「太平記」越前牛原地頭自害の事(その3)

去るほどに防ぎ矢射つる郎等らうどうどもすでに皆被討て、衆徒しゆと箱の渡しを打ち越え、後ろの山へまはると聞こへければ、五つとむつつとに成りけるをさなき人を鎧唐櫃よろひからひつに入れて、乳母二人ににんに前後を舁かせ、鎌倉河の淵にしづめよとて、遥かに見送りて立ちたれば、母儀ぼぎの女房も、同じくその淵に身を沈めんと、唐櫃のに取り付いて歩み行く、心のうちこそ悲しけれ。唐櫃を岸の上に舁き据ゑて、蓋を開けたれば、二人のをさなき人顔を差し挙げて、「これはなう母御いづくへ行き給ふぞ。母御のかちにて歩ませ給ふが御痛はしく候ふ。これに乗らせ給へ」と何心もなげにたはむれければ、母上流るる泪を押さへて、「この河はこれ極楽浄土ごくらくじやうど八功徳池はつくどくちとて、少き者の生まれて遊び戯るる所なり。我が如く念仏まうしてこの河の中へ被沈よ」と教へければ、二人の少き人々母と共に手を合はせ、念仏高らかに唱へて西に向かつて坐したるを、二人の乳母一人づつ掻き抱いて、碧潭へきだんの底へ飛び入りければ、母上も続いて身を投げて、同じ淵にぞ被沈ける。




やがて防ぎ矢を射ていた郎等([家来])どもはすでに皆討たれて、衆徒([僧])は箱渡(現福井県嶺北地方を流れる九頭竜川にあった渡らしい)しを打ち越え、後ろの山へ廻ったと聞こえたので、五つと六つになる幼子を鎧唐櫃に入れて、乳母二人に前後を舁かせ、鎌倉川(現福井県大野市流れる赤根川)の淵に沈めよと申して、遥かに見送って出て行くと、母である女房も、同じくその淵に身を沈めようと、唐櫃の緒に取り付いて歩み行く、心の内は悲しみばかりでした。唐櫃を岸の上に舁き据えて、蓋を開けると、二人の幼子は顔を差し出して、「いったい母上はどこへ行かれます。母が歩いておられるのがかわいそうです。これに乗られなさいませ」と何心もなげに言うので、母上は流れる涙を押さえて、「この川は極楽浄土の八功徳池([極楽浄土にあるという池])と申して、幼子が生まれて遊ぶ所なのです。わたしと同じように念仏を唱えてこの川に沈むのですよ」と教えると、二人の幼子は母とともに手を合わせ、念仏を高声に唱えて西に向かって座っていました、二人の乳母が一人ずつ抱いて、碧潭([深く青々とした淵])の底へ飛び入ると、母上も続いて身を投げて、同じ淵に沈みました。


続く


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by santalab | 2015-12-02 08:11 | 太平記 | Comments(0)

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