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「太平記」三宅・荻野謀反の付壬生地蔵の事(その5)

ここに只今物切りたりと思しくて、きつさきに血の付きたる太刀を、袖の下に引きそばめて持つたる法師、堂のかたはらに立ちたるを見付けて、「すはやここにこそ落人おちうとはありけれ」とて、抱き手三人わしり寄つて、ちゆうに挙げ打ちたふし、高手小手にいましめて、侍所さぶらひところへ渡せば、所司代都筑つづき入道これを請け取つて、詰篭つめろうの中にぞ入れたりける。次の日一日あつて、守り手目も不放、篭の戸も不開して、この召人めしうと暮れに失せにけり。預人あづかりうど怪しみ驚きてそのあとを見るに、馨香けいきやう座に留まりてあたか牛頭旃檀ごづせんだんにほひの如し。これのみならず、「この召人を搦め捕りし者どもの左右さうの手、鎧の袖草摺くさずりまで異香いきやうに染みて、そのにほひかつて不失」とまうし合ひける間、さてはいかさま非直事とて、壬生みぶの地蔵堂の御戸みとを開かせて、本尊を奉見、忝くも六道能化りくだうのうげの地蔵薩埵の御身、所々為刑鞭つしみ黒みて、高手小手に禁めしそのなは、未だ御衣の上に付きたりけるこそ不思議なれ。




ここにたった今切ったと思われて、切っ先に血の付いた太刀を、袖の下に隠し持った法師が、堂のそばに立っているのを見付けて、「ここに落人がおるぞ」と、抱き手三人が走り寄って、宙に投げ倒し、高手小手([両手を後ろにまわして、首から縄をかけ、二の腕から手首まで厳重に縛り上げること])に縛り、侍所へ引き渡しました、所司代都筑入道がこれを受け取って、詰篭に入れました。次の日一日、守り手は目も離さず、篭の戸も開けませんでしたが、この召人は暮れにいなくなってしまいました。預人は怪しみ驚いて跡を見れば、馨香([かぐわしいよい香り])がその場に残りまるで牛頭旃檀([南インドの牛頭山に産する栴檀から作った 香料])の香りのようでした。こればかりでなく、「この召人を搦め捕った者どもの両手、鎧の袖草摺([甲冑の胴の裾に垂れ、下半身を防御する部分])まで異香([この世のものとは思えない、すばらしい香り])が染み付き、その匂いは残ったままです」と申したので、これはとても只事ではないと、壬生地蔵堂(現京都市中京区壬生にある壬生寺)の御戸を開かせて、本尊を見れば、畏れ多くも六道能化([六道の衆生を教化する地蔵菩薩の別名])の地蔵菩薩の御身は、所々刑鞭([鞭打ちの鞭])の跡が黧み([肌に赤黒い斑点などが出る。黒ずむ])黒ずんで、高手小手にいましめた縄の跡が、不思議なことに衣の上に残っていました。


続く


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by santalab | 2015-12-03 07:34 | 太平記 | Comments(0)

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